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『美しい星』 三島由紀夫 X 宇宙人

まさか三島由紀夫がSFを書いているとは!と驚いて手に取ったのが『美しい星』。三島由紀夫といえば”高尚な純文学”というイメージでしたが、意外にも『美しい星』の主人公は宇宙人一家。筆者、実は日本空飛ぶ円盤研究会の会員だったそうです。そう聞くと一気に親近感が湧きます。


とは言ってもテレパシーや瞬間移動はなし。科学的根拠がゴリゴリの設定に凝ったSFではありませんし、奇想天外な宇宙旅行物語でもありません。

地球に住む何人かの宇宙人が登場するのと空飛ぶ円盤が出てくる以外は心理描写に重きを置いた確かに文学的な作品で、宇宙人ながら人間よりも人間らしい超世俗的かつ上から目線な宇宙人の心のうちが吐露され、ほのかな笑いを誘います。


そんな人間らしい宇宙人たちには特殊能力すらありません。普通宇宙人が登場する場合、超常的な能力の描写や、人間離れした見た目の描写によって宇宙人らしさが醸し出されるのではないでしょうか。ところが『美しい星』の宇宙人たちは見た目も人間です。では、どこが人間と異なるのか?それはその思想と知性。


著者の類稀なる知性と鋭敏な感性を持って描写される宇宙人の思想と思考力、そこに人間を超えた宇宙人らしさが生み出されるあたり、著者の非凡な才能を感じます。
SFというジャンルを越え、三島由紀夫独特の感性と知性と美意識が宇宙人と円盤に出会うことで、唯一無二ジャンル分け不能な物語へと昇華されているのです。

本書最大の見せ場は、人類の明暗をかけた宇宙人vs宇宙人の大議論。もう本当に本当に面白い。

三島由紀夫の全美意識と全知性が火花を散らしてせめぎ合うようで、ページからその熱気がジリジリと伝わってきます。

著者の人類に対する深い憂いと苦悩から絞り出されたその価値観、激しい議論と洞察力に胸打たれました。
この辺り『カラマーゾフの兄弟』の大審問官の章に影響を受けたそうです。そろそろドストエフスキーも読まなければなと思います。

核兵器という強大な自滅装置を生み出した人間たち。果たして宇宙人たちはそんな人類のどこに救済すべき価値を見出すのでしょうか。


『美しい星』 三島由紀夫

あらすじ
時は冷戦時代。地球人である大杉一家はある日突然、自分たちはそれぞれ別の星からやってきた宇宙人だという自我に目覚め、核戦争と人類の滅亡から地球と人間たちを救おうと、奮闘する。しかし宇宙人としての自我に目覚めたのは大杉一家だけではなかった…。


以下ネタバレになります。ネタバレしたから面白さを損なう物語ではないと思いますが、念の為お気をつけて。



火星人の重一郎と白鳥座六十一番星あたりからやってきた羽黒の議論が始まる後半部分、三島由紀夫って天才だ、と手放しで大絶賛でした。


"どちらも人類のため"という共通目標に向かって全く異なる方便を論じます。どちらの論法にも深く納得してしまいます。


理性を持って語られる羽黒の人類滅亡論には限りなく説得力があります。
人間の愚かさを鑑みると人類を生かす意味が感じられないという考えには悲しいかな納得できる部分が多い。

そこで重一郎は美的な面、そして人間に特有の”気まぐれ”という性質を持ち出して人類に生かすべき価値を見出すのです。ここが素晴らしい。

人間の清い心だとか善き行いを信じ込み、そこに希望や救いを見出すことは、もはや不可能ではないでしょうか。どこか嘘っぽく感じて白けてしまいます。
また、人類はなにがなんでも存続すべき!と盲目的に信じることも私にはできません。

だからこそむしろ美点とは思えないような人間の性質を宇宙人的超越俯瞰視点から眺め直し、意外な点に人類の価値を見出す、この辺りの美意識に、三島由紀夫は本当に天才だと脱帽しました。


しかしここまで感性が鋭すぎると日常生活は辛くなかったのでしょうか。あまりにも尖った感性と知性と美意識には、鋭さゆえの脆さもあるのではと心配になるくらい手を触れることさえ躊躇してしまうような美しさがあります。


後半のダイナミックの知的議論の応酬に比べて、前半はやや単調に進みます。しかし全ての文章が、全ての表現が、美しい。言葉が尽くされていて密度が高いのですが、でも装飾過多ではありません。宇宙人の不安、疑い、自負、過剰とも言える自意識を抱えた心情がありありと浮かんできます。著者はよほど感性が鋭い人だったのでしょう。その感性と知性を保って人類をしかと見届けていたことが伝わってきます。


人間って時に驚くほど卑劣なことをするし、世界は不条理だし、見るに耐えかねることもあります。普通の人間は目を瞑ったり誤魔化したりすることを自然に上手に覚えるのだと思います。その無関心さは冷たさでもあるのですが、同時にその無関心さがあるからこそ生きていけるし、日常生活の運営が可能になるのでしょう。無関心さに立脚している日常生活ですが、でも非常時と対局にあるなんてことのないただの毎日の日常生活こそ人間の営む最も尊く美しいものだと思います。


普通の人でもちょっと目を凝らせば、世界のどこかで起きている出来事、または隣人の悪意や自分自身の悪意にいたたまれなくなることでしょう。ましてや感性の鋭い人は目を瞑ることができなくて、その苦しみはどれほどのものでしょうか。その逃げられない苦しさをどう消化するか。『美しい星』の最後の大議論は、人間の負の面に対して目をそらさず真っ向勝負を続けた著者が、その負の面にこそ見出した人類への希望のように感じ、小説という形で後世へその思想を遺してくれたことへ感謝の念すら覚えました。
これから何度も読み返す一冊になることと思います。


『地球なる一惑星に住める 人間なる一種族ここに眠る。
彼らは嘘をつきっぱなしにした。
彼らは吉凶につけて花を飾った。
彼らはよく小鳥を飼った。
彼らは約束の時間にしばし遅れた。
そして彼らはよく笑った。
ねがわくはとこしなえなる眠りの安らかならんことを』

人間の五つの美点、滅ぼすには惜しい五つの特性 三島由紀夫著『美しい星』より


大杉重一郎はいかにして、嘘をつきっぱなしにする人間の特性に人類を生かすべき美点を見つけたのか、ぜひ一度手にとって読んでみてほしい一冊です。


ちなみに私は宇宙人は存在していると思っているので、地球に生きる宇宙人家族の物語として本書を読んでいました。

しかし色々なレビューを読んでいると、登場人物たちは自分を宇宙人だと強く思い込んでいる人間という読み解き方もあるようです。宇宙人とはメタファーだと。確かにこれだけ必死に本気で地球を救おうと、政治家に手紙を送ったりストレートな信念を持って行動できるなんて人間らしからぬ”宇宙人”的信念と行動力だなとも感じます。

なんだか自分だけ他の人と違った感じ方をしていると漠然と思うことは誰にでもある経験でしょう。著者の人生についてあまり知識が何のですが、その死のイメージから孤軍奮闘していた人という印象があります。隣にいる得体の知れない人間よりも、未知の宇宙人により親近感を抱くこともあったのかも知れません。

宇宙人についての、この辺りの感じ方の違いによっても様々な読み方ができそうな小説です。



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