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『ずっとお城で暮らしてる』シャーリィ・ジャクスン

狂人の日記を読んでいるような、いままで疑うこともなかった常識が歪められ、めまいを感じる一冊、シャーリィ・ジャクスン著『ずっとお城で暮らしてる』。


あらすじ

家族が殺された屋敷に住むメアリ・キャサリンと姉のコンスタンス。外界との関わりを断ちふたりきりで過ごす楽園に、従兄のチャールズがやってくることで、閉ざされた美しくも病的な世界に変化が起こり始める。


解説の桜庭一樹さんが呼ぶ”本の形をした怪物”と言う異名に負けない、静かな衝撃作です。

※本書の桜庭さんの解説に、後述するシャーリィ・ジャクスン著『くじ』という短編の盛大なネタバレが書かれているので、『くじ』を未読の方は気をつけてくださいませ。


メアリ・キャサリンの語る世界は憎悪と幼稚な空想に満ちていて、初めは頭がおかしいのかな?どういう世界なのかな??と居心地が悪いのですが、怖いもの見たさと言いますか、ページをめくる手は止まりません。

お城に従兄のチャーリーが登場すると、あれ?でも本当は誰が”普通”のひとって言えるのだろう、と疑問が浮かびます。チャーリーはいかにも常識的な強欲で支配的な人間。一方メアリ・キャサリンは頭の中で村人たちを殺しまくる妄想が止まらず、空想世界の月面で暮らしてる。一見穏やかで何事にも動じない故に空虚なコンスタンスが実は一番怖い気もしてきます。常人と狂人を隔てるものはなんなのでしょうか。そのふたつの間に明確な直線を一本引いて分断できるものではない、限りないゆらぎが描かれています。常人の奥底に潜んだ残酷さほど恐ろしいものはないのかも知れません。

何度も「幸せね」と繰り返すメアリ・キャサリンとコンスタンス。幸せとは一体なんなのか。はたから見ると全く狂っていても、それが当人にとっての幸せだったら、それを壊そうとしたり、言葉たくみに常識に取り込もうとしたりする常人の方が狂っているのでしょう。


シャーリィ・ジャクスンは1948年にニューヨーカー誌に掲載された『くじ』という短編で有名になったそうです。こちらの短編はすでに著作権が切れているらしく、ニューヨーカー誌のサイトで原文を、そしてありがたいことに下記のサイトで翻訳版を読むことができます。

『くじ』


掲載された当時、同誌史上かつてないほどに読者からの非難の投書が届いたという曰くつきの作品で、その頃に読むとただの物語ではなく、どこかで実際に起きている事件のように映り、いまよりももっと実感をともなって読めたのかも知れません。


翻訳ページに続いてこちらのページではどうやってこの物語が生まれたのか、作者の意図は何か、作者本人から語られます。

後日談 ”ある物語の顛末”


そして何よりこの考察記事がとっても面白いので、ぜひ『くじ』と合わせて一読してもらいたく、紹介させていただきます。

『くじ』考察 ”シャーリィ・ジャクスン「くじ」について”


『くじ』は、さらっと読んでも明るい中に流れる不穏な空気と結末にびっくりして十分楽しめる作品ですが、こちらの考察のように伏線をしっかり読み解いていくと、これほどまでに一切の無駄を排除し、短いなかで完璧な物語の構造を組み立てることができるシャーリィ・ジャクソンの巧みさに舌を巻きます。脱帽。本当にこれは”完璧な短編小説”です。


しかし前述の”ある物語の顛末”を読むと、果たして筆者はそこまで伏線を張り巡らせて綿密に書き上げたのかと疑問も浮かびます。作者にはあらかじめ明確な”作者の意図”があって作品を作るのでしょうか?それとも自然と湧き上がってきたモチーフを書き留めるとそれが作品として昇華されたのち、点と点が繋がり、伏線や”作者の意図”が紡がれるのでしょうか?

そんなこともぼんやり考えさせられました。


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