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語学能力はその人の能力を(時として)正しく反映しない

撮影の仕事終わりに2日間連続でタクシーに乗った時のことです。

1日目の夜のタクシーの運転手さんはどこの出身の方かはわかりませんが、訛りのあるフランス語を話します。私も訛りがとてもあります。でも住所を2回ほど繰り返しかつ最寄りのメトロの駅を言うとすぐにどの通りかわかってくれ、GPSも使わずお家まで送り届けてくれました。

2日目の夜のタクシーの運転手さんはフランス語ネイティブに聞こえます。私の訛りの強いフランス語をわかってくれません。GPSに何度も打ち込んでもうちの住所が見つかりません。メトロの駅名を伝えてもピンとこないようです。でも通りの名をアルファベットで1文字づつ言うとわかってくれました。

タクシー運転手としての力量は1日目の訛りのある運転手さんの方が上です。うちのアパートのある通りは有名な通りでもないし、細く短い通りです。それでも住所だけでGPSを使わなくてもちゃんと場所がわかるとは、年季が入っているな感じます。2日目の運転手さんはGPSが必要だし、何より運転しながらアイフォンでニュースを読んだりするのでヒヤヒヤしました。


発音の上手い下手で相手の能力を判断してはいけないなと思い改めました。


ついつい外国語で話す人をみると、言語が上手いだけで頭も良くて喋っている内容も賢く正しいと言う錯覚に陥りがちです。逆に発音が悪いとそれだけで話している内容の信憑性まで疑われてしまうように感じます。

自分の発音の悪さを棚に上げて論じるのはナンセンスだとわかってはいますが、それでも私が言ったことは無視され、全く同じ内容をフランス人が言うとちゃんと聞いてもらえると言うことは仕事や日常生活において多々あります。例えばフランス人のパートナーと買い物に行くと、私が買うもので、私がフランス語で店員さんに尋ねているのに、パートナーの方に向かって答える店員さんと出会うことがままあります。相手の外見や先入観でメンタルブロックが働いてしまうのでしょう。これはネイティブ対外国人だけでなく、男女の先入観でも同じことが起こるようです。女性が男性と一緒に、住居の契約や車やパソコンの購入に行くと決まって店員さんは男性に向かって接客すると言う記事を読んだことありました。興味深いです。


自分も同じことをやってしまう危険性は大いにあります。先日フランス人の同僚たちとお昼ご飯を食べていた時のこと。「こういう時、chomaiって言うんだよね!」と言われました。思わず「ん?chomaiって??どういうこと??何語??」と返してしまったら「日本語でこう言うって教えてもらったんだけど、、」と言われてしまいました。発音から日本語に変換できなかったのですが、よくよく話し合ってみると「超美味い!」と言っていたのでした。「ああ!!それchomaiじゃなくて超美味いだよ!!」と言ってもフランス人の同僚2人には違いが聞き取れません。なるほど確かにほんの微々たる発音の違いなのですが、しかしアクセントの強い部分が違うとこんなにも分からないものなのか、そりゃあ私のフランス語分からない人もいるはずだよなあと我が身を振り返りました。きちんと伝えるために、発音とアクセントは本当に馬鹿にできないものです。でも今考え直すと、例えば同じ発音でもフランス人の同僚ではなくて日本人が言っていたら、状況や文脈から、もしかして理解できていたのではないか?私自身も相手の見た目でメンタルブロックされているのではないかと、ハッとしました。


そんなことを考えていたら、Twitterで大変興味深い記事に出会いました。



海外に住んだ方なら感じることがあるのではないでしょうか。


相手の見た目がフランス人なら、ちょっと聞き取れなくても声が小さいからかなあとか自分がちゃんと聞いてなかったのかなあと思って聴く努力をするように思います。ところが相手の見た目がアジア人なら、例えそれが周りがうるさいとか外的要因のせいで聞き取れなかったとしても、発音の悪さで聞き取れないと思い込みが先行し、聴き取ろうという努力もされないと感じることがあります。


フランス人にフランス語で話しているのに英語で返され続け、数分経ってから「あ、ごめん!フランス語話せるんだよね!」とようやくフランス語で返事をしてもらえるなんてこともあります。仕事の連絡メールの内容に疑問点があって、フランス語で(しかもパートナーに直してもらった文法的には正しいはずのフランス語で)内容について確かめるために返事をしたら、英語で返信がくるなんてこともありました。いや、フランス語が分からなかったんじゃなくて、あなたの言っている意味が分からなかったのよ。

撮影現場の仕事がかなりインターナショナルで、フランス語は話せるけれど英語は話せないという人よりも、フランス語は話せないけれど英語は話せるという人の方が多いからこういうリアクションを受けるのかも知れません。英語という形の親切心であるとも思います。しかしどちらにしよ、時々私のフランス語を全然わかってくれない人に出くわすと、ちょっと落ち込みます。

でもパリに来た頃なら、タクシーで住所が伝わらないと自分のせいだと思って(まあ、確かに私の発音が悪いのは自分のせいなのですが!)焦ってしまって余計に伝わらなくパニックになってしまっていたことでしょう。しかし6年も住むと肝っ玉も座り、神経が図太くなり、この発音でもわたくしこの国で生きていけてるのでそちらの方でもわかる努力をしてください、てな感じで焦らなくなります。発音は一向に上手くなりませんが、図太くなったのは良い変化だなと感じます。海外に住むと問答無用で勝手に語学力が向上するということはありませんが、ストレス耐性が高められることは確かなようです。


ちなみにトップ画像は、フランスのヨーグルト系飲料DANAOをもじったNANAOバージョン。NANAOと自己紹介したのについついDANAOと呼んでしまうフランス人に出会ったことにインスピレーションを受け、コラージュの授業で作ったのでした。


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