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『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

知らぬ人はいない名作かと思いますが、いまごろ遅ればせながら読了。最近長編小説を読み切る体力がないなあ、と感じていたのですが、読み始めると止まらない。とても嬉しい。

読書を続けていると、次に読むべき本がわかり、それを読み始めると体にぴったりと合うような、心地よいあの肌感覚が得られる、最上の読書体験ができました。

最近ネットフリックスでアニメばっかり見ているけれど、たまにはじっくり本を読むことが自分にとって必要なことだと思い出します。アニメを見ていると、テンポよくどんどん話が進んでゆき、何かにハマっているとき独特の没入し走り抜ける爽快感が得られるけれど、それだけでは足りない。腰を落ち着けて本を読む。ページをめくり、ちょっと脇に置いて一考し、お茶を飲む。またページをめくり、ときどき前のページに戻り振り返る。ハッと胸を撃つ言葉に出会うと、ページの端に印をつける。折々にそのページに戻って来ては、心に感じることをじっくり見つめる。小説の世界について考えているようで、自分について見直している。読み終わったあとも、気がつくと本の中の一節が頭に残っている。そういう時間を大切にしたい。

久々に良いもの読んだなと思わせてくれる一冊で、未読でしたら、ぜひ!


あらすじ

"介護人"として働くキャシーが語る、生まれ育ったヘールシャムという施設で過ごした日々。親友ルースとトミーとの思い出。そして明かされるヘールシャムの真実とは?

人間とは何かを問われる物語。



あれ?『約束のネバーランド』なのかな?と思って読み始めたら、全然違った。

始終淡々として調子の狂うことのないキャシーの独白、その記憶力の良さに目を見張る。十数年も前に感じた心の機微を詳細に、念密に、細部に渡るまで細やかに語っていく。いま目の前で起きていることかのように、その記憶は鮮やかだ。

それはまるで誰もが過ごした幼い頃の記憶のようで、特にヘールシャムで過ごした子ども時代の思い出は、ちょっとした言葉に過敏に傷ついたり、思いやったり、すれ違う幼い純粋さが痛々しくも懐かしい。子どもじみた秘密、後悔、目の前にあったのに掴み損ねたもの。子どもっぽい行動のひとつひとつが自分のことのように懐かしく、頭の中を覗かれているかのように居心地悪くさえ感じる。

しかし折に触れて繰り返される奇妙な言葉たち。「保護官」「提供者」「介護人」。ヘールシャムとは、そして生徒たちとは、その意味が本当に解き明かされる怒涛のエンディング。でも、何より驚嘆させられるのは、その設定や世界観ではなく、抑制された緻密な心理描写。ここまで人間の行動とその裏にある人の心を生々しく書ける、人間を書き上げられる筆力があるからこそ、この作品のテーマが真に生きてくる。

そう遠くない未来では、ただの絵空事としてではなく、差し迫った現実の問題として取り上げられることとなる、重要度を増していく作品でしょう。すごい一冊でした。


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