連載小説「オボステルラ」 10話「そして」1
10話「そして」1
翌朝、日の出と共にゴナンは飛び起き、朝のあいさつもそこそこにリカルドを責めた。
「見張りを交代するって言ったのに、もう、朝だよ!」
「ごめんごめん。眠くならなかったんだよ。でも、何も異変はなかったよ。あの通り、穴も無事だし」
リカルドは、すでに朝食の準備を始めていた。出遅れまいとゴナンも、慌てて土色のバンダナを頭に巻き、手伝い始める。
「それに、よく眠れたろう?」
「……うん……」
少し複雑な表情で答えるゴナン。こんなに気持ちよく熟睡したのはいつぶりか。もしかしたら、物心ついてから初めてかもしれない、とさえ思っていた。
「よく眠れすぎて怖い。あの寝袋にヘンな魔術がかかっていたりしないよな?」
「……魔術? ふふっ」
占いは信じないけど、魔術は信じるのだろうか? また面白くて笑ってしまった。
「まあ、魔術みたいなものかもね」
「……!」
「ただの綿入れの布に見えるけど、寝ているときの体温をちょうどいい高さに保つよう、布の素材と綿の量をかなり計算してあるんだ。寝汗もしっかり発散させるしね。布はユーヨ材という木の繊維からできてて、これは…」
道具について生き生きと語りはじめたリカルドに、ゴナンは面食らった顔をした。おっと、とリカルドは自重する。
「…つまり、そういう感じに、ちゃんと眠りやすくなるように工夫して作られているものなんだ。ある意味、魔術のようなものだろう?」
「…うん、なんとなく、意味はわかった」
ゴナンはすぐに納得する。やはり、察しがいい。
「……結局、理屈がよく判らないと、魔術とか占いってことに、なるんだな…」
(……ほら……)
リカルドは、ゴナンのつぶやきに心の中で応える。
(そうだよ、そうやって、いろんな事を知っていってほしいんだ、僕は)
「でも、あの寝袋でしか眠れなくなったら、どうするんだよ……」
ゴナンはまだ少し、おかんむりのようだった。
やがて、兄たちがやって来た。今日はアドルフと、双子の片方が担当のようだ。双子が別々に行動するのは、珍しい。
「……ええと……」
「ふふっ、俺は双子の兄の方のランスロットですよ、リカルドさん」
リカルドはまだ双子の区別がついていない。他の兄弟達は、さすがに見分けはつくようだ。
「どうだ、ゴナン、不審者やっつけたか? そんなちっこい背で」
1人でももれなくランスロットがゴナンをからかうが、ゴナンはいつものように無言で顔をちょっと背けるだけだ。なかなかに、リカルドと相対するときと表情も口数も全く違う。
リカルドも2人に報告する。
「昨晩は怪しい人影も動きもなかったと思います。もしかしたら、僕らがいるのを警戒して出てこなかっただけかもしれませんが」
「それでもいいでしょう。ひとまずは、もっと掘って水が出ることが最優先ですから」
アドルフがそう言って、リカルドの顔をじっと見た。
「……リカルドさん、それにしても、ちょっと顔色が悪く見えますが」
「えっ?」
ゴナンは慌ててリカルドを見る。自分が朝まで熟睡してしまったせいでは、と。リカルドはゴナンの頭を撫でて安心させるように微笑んだ。
「ああ、大丈夫です。これは見張りのせいというよりは、体調、というか体質なんですよ。心配しないでください。死んだりすることは、ないので」
唐突に「死」という言葉がリカルドの口から出てきて、ゴナンは違和感を感じた。アドルフは納得のいかない表情を浮かべる。
「そうおっしゃるのなら……。でも、休憩は多めに取ってくださいね。夜寝てない分、仮眠も取ってください」
アドルフはリカルドにだけそういった。ゴナンが一晩、熟睡してしまったことには気付いているようだ。そして、この数ヵ月で一番、表情がはつらつと見えるゴナンの表情を見て、そのことに心の中で感謝もしていた。
「ランス兄さん、リン兄さんも連れてきた方がいいかもね」
「そうだな。午前中は兄貴と山の方に行くと行っていたから、午後にはこっちに来てもらおう」
そう声をかけて、午前中の役割を決める。リカルドとゴナンで穴の中を掘り、兄2人が上から土を引き上げる担当にした。穴に降りると、暗く、ひんやりした空間。昨日よりもさらに気温の差を感じられて、2人は顔を見合わせた。
「リカルドさん、こんなに涼しくて真っ暗だと、眠くなるかもしれないよ」
「本当だね、気をつけないと……」
「俺がたくさん掘るから、のんびりしていていいよ」
木のスコップを力強く持って、ゴナンは精一杯胸を張った。昨晩の失態を取り戻したい一心のようだ。
「頼もしいね」
そう言ってゴナンの髪をくしゃっとかき混ぜると、自身もスコップを持って土に向かい始めた。
「でも負けないよ。競争しよう」
そうして、またいろんなことをしゃべりながら、2人は手を進めた。土を汲み上げるために上から覗くランスロットは、その様子を見て驚く。
「……ゴナンって、あんなにしゃべるヤツだったんだ……」
「ゴナンが生まれてからこれまでランス兄さんと会話した数を、今日だけでも超えてそうだね」
からかうように言うアドルフに、ランスロットはふん、と応えた。
「……まあ、どうでもいいさ。元気でいるんならね」
間もなく昼休憩に入ろうかという頃。
ゴナンは、ざくっと一掘りした直後にぞわっとした感触を足に感じて、リカルドに飛びついた。
「リカルド、さん、なにか、足に……」
「え、うわ…!」
それは、急に来た。
ついに、2人の足元から水が溢れ始めたのである。
↓次の話
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