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連載小説「オボステルラ」 9話 「少しの棘」3



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登場人物


9話 少しの棘-3



 1日かけてなんとか、落とされた石の全てを上げることができた。結局はその程度のささやかな妨害だったのだ。一行は家へと戻り、リカルドはテントを一旦片付けてまとめ、見張りのためにゴナンと共に再び穴の方へと向かう。ミィも着いてきたがり、母ユーイがなだめるのに大変だった。

 穴に再び着いたのは、もう随分日も傾いた頃。

「せっかくだから、テントの立て方を教えようか?」

 リカルドの申し出に、ゴナンの瞳がキラリと輝く。朝の怒りはどこへやら、今はそれよりもワクワクの方が先んじているようだ。井戸を掘っている窪地の縁に陣取り、準備を進める。リカルドのテントのワンポールは、短い棒をうまく繋げて長くできる、職人による特注だ。

「硬くて軽い木材があってね、それを加工してもらったんだ。ツマルタの街という、いろんな職人が集まっている街で作られているんだよ」

 うまくはめ込んで2mほどの長さになった棒に円錐状の布を引っかけて、棒をぐっと土に埋め込み、布の端々をピンと張って、杭で地面に打ち付けていく。
「この杭、金属製だ!」
「この雨を弾く特殊な布の縫製も、杭も、ツマルタの街で加工してもらったんだ。産業の街なんだよ」
あっというまにテントが完成してしまった。
「……まあ、ちょっと狭いけど、2人で寝られないこともないかな…」
やはり楽しそうに、そわそわとテントの中に敷物を敷くリカルドに、ゴナンは呆れて言う。
「なに言ってるんだよ、見張りなんだから、交互に起きておくに決まっているだろ」
「あっ、そうか。ふふ、そうだね」
 なんだかゴナンとのキャンプ気分になっていた自身を、リカルドは恥じた。今日のささやかな妨害を見るに、これ以上はことが起こらないようにも思っていたのだ。
「じゃあ、火を焚かなきゃね。せっかくだから、野営でのご飯の作り方も、教えよう。火の番の仕方も」
「!」
 ゴナンのワクワク顔がさらに輝く。実際、ゴナンは物覚えがとてもよかった。家から拝借してきた(ユートリアから届けられた)干し野菜と干し肉を、小鍋で煮込み料理にしていく。火の加減の作り方はリカルドよりも上手い。練った粉を石の上でパン状に焼いて、完成。
「上手なもんだね。家でも料理を手伝っているの?」
「まあね。母さんの体調が悪いときとか、ミィがお腹を空かせた時とか…」
「ユーイさん、体調を崩すときがあるの?」
 飢えている今ですら、はつらつとしたパワーを感じるあの女性からは想像ができない。
「うん…、普段は元気すぎるくらい元気なんだけどね、年に1、2回、ひどく寝込むことがあって」
「そうか…、ここだと、お医者さんにかかるのも難しいもんね……。だからお兄さん達は、ゴナンの体調のことも気にしているんだね」
「兄貴達は、俺をバカにしたいだけだよ。気にはしているけど、心配なんかしてないさ」
 そうやっていじけるゴナンの姿は、15歳という年相応のものに見えた。何か、いままで彼の心の中でせき止められていたものが溢れ出てきている感触を、ゴナンのそんな様子からリカルドは感じていた。

「……あ、彼方星が見えてきたね」

 もっとも、雨が降らない今のこの村では、夜に彼方星が姿を隠すことはない。南の方角の指針なのだ。
「兄貴達は、占い婆や大きな鳥のことは信じてないけど、彼方星のことは好きみたいだな。みんな、何かあればあの星を見ている。俺にはよくわからないけど」
「もしかしたら、亡くなったお父さんの影響かもしれないね。心の柱になるものは、人によって違うものさ。僕にとっては鳥と卵を追うことだし、お兄さん達にとってはそれが彼方星なんだろう…。ゴナンは…?」
「俺は、特に何もないよ」
 パンが程よく焼けてきた。石からあげて、あちち、と半分に割ってゴナンと分け合う。ほくっとちぎって煮込みスープにつけて食べる。
「うん、美味い。これは美味いなあ」
「うん……、美味い。いちばん、美味い」
そういって噛みしめるように食べるゴナンの表情を、リカルドはじっと見ていた。いちばん、という言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「……旅って、こんな感じ?」
ゴナンがリカルドに尋ねる。
「野営はそこまで多くはないかな? いつでも対応できるよう、十分な準備はしていくけどね」
ゴナンはふーんと答えたが、リカルドは質問の意図が違ったことにすぐに気がついた。

(……ああ、そうか……)

 ゴナンは、パチパチと音を立てる焚き火をじっと見ている。炎を返して淡い琥珀色の瞳がキラキラと瞬いているが、火の光のせいだけではないようだ。頬が紅潮してみえるのも、おそらく。言葉にできない胸の沸き立ちを、じっとすわったまま持て余している。こんな未知の感情を自分に与えてくれるのが旅なのだとしたら、飛び出してみたい、そんな思いがリカルドを突き刺すように伝わって来た。

(……ゴナンは今、自分の心の柱を見つけたのかもしれないな……)

「……行けるといいな」
「うん?」
リカルドは小さく呟いたが、ゴナンにはよく聞こえなかったようだった。


 「ひとまず僕が先に見張りをするから、ゴナンは一旦テントで仮眠をとりな」

食事も終わり片付けた後、うとうとと眠気と闘い始めたゴナンに、リカルドはそう声をかけた。
「え、でも……、俺が言い出したことなのに…」
「僕はまだ眠くないから大丈夫だよ。眠くなったら、起こすから、それで交代して」
 ニッコリと笑顔を見せてゴナンをテントへと誘う。リカルドが普段使っている寝袋を貸すと、ゴナンはすぐにストンと眠りに落ちていった。きっと今日は、夢を見ることもなく眠れるだろう。リカルドは朝までゴナンを起こすつもりはなかった。

(ま、僕は多少、無茶したところで、全然大丈夫だからね)

 手元に灯火を残して、ふうっと夜空を見上げた。キィ酒…、は、さすがに見張りだからやめておこう。

 この村に来てやがて1ヵ月、最初に川原で倒れたゴナンを見かけたときは、こんなに滞在することになるなんて思わなかった。リカルドが故郷を出たのは10歳のとき、そして旅を始めたのは20歳。9年旅し続けて、いくつかの街に研究の拠点を持ってはいるが、旅先でここまで長く滞在するのは初めてだ。この一月のことを、頭の中で反芻する。

(まあ、なんだかんだ言って、こんなひどい災害の最中、ユートリア卿の“支援”がなければ、ここまで好き勝手はできなかったな…)

 弱みを握って脅しつづける形ではあったが、後悔はしていない。
(悪い大人って……、ふふ)
ゴナンの冷めた目を思い出し笑う。何も欲しがらない、周りに尽くすだけの素朴で無欲な少年。ユートリア卿の所で豪華な食事も経験したはずなのに、さっき、こんなささやかな野営食が「いちばん、美味しい」と言っていた。上っ面を見ない、本質を見る目と、強かに生きる力を、きっとあの細い体の奥底に秘めている。
(意外にクレバーだし、無愛想だけど妹をよく可愛がるし、ほんとうにいい子なんだよな……)
 もっといろんなことを知って、いろんな人に出会って、世界が広がったら、どんな大人になっていくんだろう。あの兄達とはまた、まったく違う成長を見せるような気がする。あの兄弟達は、双子は例外だが、似ているようで意外に似ていない。

(見てみたかったなあ…。ゴナンが大人になった姿も)

 できれば、この村を出て欲しいとも思うが、そう願ってしまうのはリカルドが旅の生き方しか知らないせいかもしれない。その土地で生き続ける人にとって、そこを出るということは彼が想像する以上の変化であり、場合によっては絶望なのだろう。だからこそ、こんな乾ききった今でさえ、村人達もこの場所を離れない。

(僕の勝手な押しつけなのかな。ゴナンに、こうやって旅や村の外に興味を持たせようとしてしまうことも…)

灯火の燃料にしている小枝が、パチリと音を立てて燃え尽きた。

↓次の話


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