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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  6話「巨大樹の街」(1)


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6話「巨大樹の街」(1)


 長い時を過ごした泉の住み処に別れを告げ(相当に愛着が湧いていた場所なので、かなり後ろ髪をひかれつつ)、出発したゴナン。馬車に乗った途端、一行は緩やかな下り道を下り始める。ゴナンは初めて、自分がどこかの山の頂上付近に滞在していたのだということを知った。

 イライザの行商隊は、荷馬車2台で移動していた。片方には商品がギッシリと詰め込まれ、もう片方には貴重品とメンバーの荷物、そして人が乗る。騎馬で護衛する男性がさらに3人おり、全部で7名の商隊であった。

 エルダーリンドまでは馬車で3日ほどの距離だという。地図ではほんの近くに見えたのに、と驚くゴナン。

「私たちはもっと先の街まで商品を卸しにいかないといけないから、エルダーリンドで降ろすだけになるけど」

「大丈夫です…。街に着けば、なんとかなると、思うので…」

 その日の夕方。野営地を見つけ、野営の準備をする一行。高価な物や貴重な品々も乗っていることから、護衛は交代で夜通し警護するという。ゴナンは筋骨隆々とした強そうな護衛達をキラキラした目で見ていたが、その内の1人に声をかける。1人だけ若く、20代に見える男性だ。

「…あの…、あなたは、もしかして、ミラニアの戦士、ですか…?」

「ん?」

 その護衛は尋ねられ、ニカッと笑った。

「おう、そうだぜ。よく分かったな。俺はサイロスだ、よろしく」

「ゴナンです、よろしくおねがいします…。あの…。俺の仲間にも、ミラニアの戦士がいて、すごく、強くて…」

 瞳の色は黒、髪の色は銀髪で顔立ちもナイフとはまるで違ったが、ブロンズの肌の色と筋肉の付き方がソックリに見えて、思わず声を掛けたゴナン。



「そうか。俺は今は傭兵や護衛で身を立てているんだが、その人もか? 何という名だ? 顔見知りかもしれねえな」

「あの…、本名は知らないんですけど、通り名は、ナイフちゃん…」

「ああ」

 ナイフの名でピンと来た顔をするサイロス。

「あれだろ? 今はストネで、なんか変わった店をやってる…」

「! あ、はい、そうです…!」

「俺より少し上の世代だから会ったことはねえが、相当な強さだって噂だな。戦でかなり活躍したと聞いたぜ。俺は戦場には出たことはないんだ」

「……!」

 その話を聞いて、ゴナンの瞳は少し誇らしげに輝く。少年の素直な反応に笑顔を見せるサイロス。

「…ただ、戦乱が終わる前に、早くに戦士を引退したとか。そこまで活躍できるほどの力を持つミラニアの戦士は、男性の場合は40、50代まで現場にいるのもザラなんだけどな。故郷で後進の指導に就いているわけでもなさそうだし……。もったいねえよな」

「…そうなんですね…。でも、ナイフちゃん、今も強いです。毎日、鍛錬もやってる…」

「まあ、人生それぞれだしな。余計なお世話か」

「男性の場合はって…。女性のミラニアの戦士も、いるんですか?」

 そう聞かれて、サイロスはニヤリと笑う。

「ああ、多くはないが、いるぜ。皆、つえーぞ…。まあ、ここのイライザさんにはかなわねえかな」

 遠くから「何か言った?」とイライザが声をかけてくる。肩をすくめるサイロス。ゴナンは、そのサイロスの腰に剣が下げられていることが気になった。

「…あの…、武器を、使うんですね? ナイフちゃんは、絶対に武器を手にしようとしなかったような…」

「ああ、俺の場合はこういう護衛の場面が多いから、必然的にな。でも『そういう』戦士も多い。これも人それぞれだ。別に武器を使うことを禁じられているわけじゃないしな」

「へえ…、そうなんですね…」

 サイロスにゴナンは目を輝かせてあれこれと質問をした。その様子を、イライザは優しく見守っていた。

*  *  *

 「何…、この豪華な野営食……」

 夜。イライザは目の前の光景に唖然としている。例によってゴナンが周辺から獲物や野草類を調達してきて、あっという間に豪華な食卓が仕上がったのだ。

「でも…、冬が近いからかな…。獲物を見つけるのが、少し、難しかったです…」

 ゴナンはそう、少し悔しそうにしている。結局、今日も巨大鳥の羽の矢に頼ってしまったのだ。本当は普通の矢で獲れるようになりたいのだが。

「あの、森にいる間に作った干し肉や燻製も、たくさんあるんです…。よかったら、これも…」

そうして、大きな葉で丁寧に包んだ中から肉を取り出す。へえ、とイライザは肉を焚き火に照らし、一口食べる。

「…旨い! 塩の塩梅もいい感じだね。調味料を持ってたの?」

「…いえ、あの、おじいさんに、塩の岩、岩の塩?を投げつけられ、いや、もらって…」

 そのもごもごした物言いに状況を察するイライザ。まったく、あのクソじじいは…、と苦々しい顔だ。

「あの、これ…、塩、でよかったですよね…? 岩を食べてるわけじゃ、ないですよね…?」

 そう不安げに尋ねるゴナンに、わははと豪快に笑うイライザ。

「あのクソじじいは、これがなんだか説明もしてないのかい? 相変わらずだね」

「いや……、俺が、訊かなかったから…」

「あの剣幕で来られたら、訊くにも訊けないよね」

 そう言って、ゴナンが差し出した塩の岩を手に取り、説明を始めるイライザ。

「塩はね、海の水を乾燥させて作るのが多いんだけど、湖なんかの縁に、成分が固まってできるものもあるんだ。これもそれだね。同じ塩だけど、微妙に味が違うんだよね。まろやかというか、旨いというか…? 好みにもよるけど、私は岩塩の味が好きだな」

「へえ…」

 海を見たことがないゴナンには、その違いがあまりピンとは来なかったが、イライザの話を一生懸命に聞く。もしクラウスマン邸に戻れることがあったら、先生に塩の本がないか尋ねてみたい、と、遠いあの街の書斎に想いを馳せるゴナン。

「……あの…。お礼になるか分からないけど、この干し肉と燻製、よかったら…、あげます…」

「え、いいよ。保存食でしょ。とっときなよ」

「でも、俺、お金も持ってないし、他にお礼ができないから……」

「……!」

 その言葉を聞きハッとして、そしてゴナンの干し肉達を品定めするイライザ。

「……じゃあ、少しだけお礼にいただいて、そしてもう少し買い取るよ。で、ちゃんと自分用の保存食もしっかり持っておきなさい」

「え、でも…」

「お礼でもらうのはこの分、で、これを800アストでどうかな? こっちは、ゴナンくんが持っておく分、ね」

 商人らしく数字を曖昧にせずきちんと割り振り、テキパキと決めて行くイライザ。それでもゴナンは少し戸惑っているようだが、イライザは押しつけるように800アスト分の銅貨をゴナンにやった。これから街に行くのに無一文であることを知り、この謙虚な少年が少しでも納得できるような形でお金を渡すことにしたのだ。

「でも、800アストは、高くないです…、か?」

「ゴナンくん、こういうときは、もっと値をつり上げるように交渉するものよ? 大体、最初の言い値は安く言ってるものなんだから」

「…え、でも……」

 自分の干し肉にそんな価値はないと戸惑うゴナンに、イライザはニヤリと笑う。

「…わかった! そこまで言うなら、1000アスト! 仕方がないなあ!」

「…え、ええっ?」

 イライザはさらにもう200アストを押しつける。

「ゴナンくん。これから1人で旅をするんなら、こういう好機を見逃すと損だよ。多少はずるく行かないと、大変な目に遭うことだってあるんだから。前にも騙されたことがあるんでしょ?」

「…はい……」

「それに、べらぼうに高い値をつけたつもりはないよ。たくさんあるしね。適正価格。自信持ちなって」

 そういってゴナンの背をバチンと叩き、豪快に笑うイライザ。「なんだ、楽しそうだな」と男性が1人寄ってくる。イライザの夫だ。

「あんた。ゴナンくんからもらったこの燻製、絶品だから食べてよ」

「へえ、では早速」

 そうして一口、口にして「わ、うまっ」と悶絶する夫。

「これはキィ酒に合うな」

「確かにね。キィ酒を直接お店に卸すときに、これもセットで売ってみようか。まとまった量、買い取ってるからさ」

「それはいいな。燻製の名前は何にしようか…」

 商人らしい発想であれこれ企画が始まった夫婦。ゴナンはその様子を呆気にとられて見ながら、キィ酒をいつも好んで飲んでいるリカルドに、また想いを馳せていた。



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