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連載小説「オボステルラ」 【第三章】16話「彼方に誓う」(1)


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第三章の登場人物



16話 「彼方に誓う」(1)


 ゴナンは数日間、ツマルタの街にある病院に入院することになった。

 最も出血していた左腕の傷ほか数カ所を縫いはしたものの、幸いどの傷も骨や腱へ深刻な影響はなかった。あとは全身の細かな切り傷に打撲。口からも血を吐いていたが、口内が切れていたようで内臓は大丈夫だという。しかし、しばらくは水を飲むのも辛そうだ。

 そして、高熱と咳。これもなかなか治らない。口の中の傷がある上に食欲もなく、なかなか食べ物を口にできずにいる。リカルドは迷わず、この病院で一番広い個室の病室を取った。そしてまた昼夜付きっきりで看病。正直、広い個室や24時間看護が必要になるほどの症状ではないのだが、リカルドは心配のあまり離れられず、ゴナンよりもはるかにやつれて顔色が悪い。

 朝。病室に見舞いに来たナイフは、眠るゴナンをじっと見つめるリカルドの頭に、後ろから軽く手刀を見舞った。

「いた」

「リカルド…。あなたがそうやって終始見張っていなくても、ゴナンはちゃんと治っていくわよ」

「でも、万が一があったら…」

「命に関わったり後遺症が残るような傷はないって、お医者さんの話をしつこく何度も聞き直してたのはあなたじゃない、忘れたの? その辛気くさい顔を毎日見せつけられたら、治るものも治んないわよ!」

 そのナイフの声に、眠っていたゴナンが目を覚ました。

「…ナイフちゃん、おはよう……。ゴホッ、ゴホッ」

「あら、起こしてごめんなさい。ゴナン」

「大丈夫…。寝てばっかりも、きついから…」

そう言いながら、激しく咳き込み、そして体を痛そうにするゴナン。ナイフはそんな様子を優しく見つめる。

「大丈夫、昨日より元気そうよ。順調順調」

そうニッコリ笑って、病室の棚に果物が入った袋をどさりと置いた。

「果物なら食べられるかと思って。固形はまだ、口の中が痛いかしらね。すりおろしましょうか?」

「…うん、食べたい……」

頷くゴナンに、リカルドがはっと嬉しそうな顔をした。

「ナイフちゃん! ゴナンが、ゴナンが果物を食べたいって……!」

「今聞いてたわよ! うっとうしいわね」

眉をしかめながら、持参したおろし金でゴンの実をおろし始めるナイフ。リカルドはその手元をじっと見ている。

「……視線で催促しないでくれる? 食べるのはゴナンよ。子どもじゃないんだから…」

「あ、ごめん」

謝りながらもまたじっと見るリカルド。ナイフはその視線に苛つきながらも実を一個すり終わり、器とスプーンをゴナンに渡そうとすると、リカルドがそれを奪った。

「ちょっと…!」

「ゴナン、僕が食べさせてあげるから。体、起こせる?」

睨むナイフを気にも留めず、リカルドはゴナンの方に身を乗り出した。

「…うん…。でも、自分で食べられるよ」

「いいから、ね。この方が食が進むよ、きっと」

「…自分のペースでゆっくり食べた方がいいのではないかしら」

「ナイフちゃん、ゴナンの体を起こしてあげてよ」

そう指示するリカルドをナイフはひと睨みし、そしてゴナンの体を優しく起こす。いたた…と少し痛がるゴナン。体の至る所に切り傷や打撲があるのだ。

「さ、ゴナン、食べて」

「……」



ゴナンは一瞬躊躇ったが、恥ずかしそうに差し出されたスプーンを口にした。少し口の中を痛そうにしながらも、なんとか飲み込む。

「…美味しい…」

「……! ナイフちゃん! ゴナンが、ゴナンが果物が美味しいって……!」

「だから、今聞いてたわよ!」

そうやってリカルドとナイフが茶番を繰り広げているところで、ドアがノックされ、ミリアとエレーネ、そしてディルムッドが入ってきた。

「あら、ディル! 諸々、片付いたの?」

ナイフがディルムッドに声をかける。会うのは小屋での格闘以来だ。

「ああ、鉱山の件と帝国人風の男共の件、どちらも報告があって来た。ゴナンの見舞いもな」

「あら、お食事中だったのね、ごめんなさい」

エレーネが、リカルドの手にあるものを見て謝る。

「今日、ついにゴナンが果物を食べたがったんだよ! エレーネ」

「……あ、ああ、そう…。ひとまず先に食べてしまって。そのあと、ディルの話を聞きましょ」

リカルドの妙なテンションをスルーして、エレーネは部屋の隅から人数分の椅子を出す。リカルドが大枚叩いて取った個室。普段は貴族などが使うような部屋らしく、「あの少年は、どこかの家のお坊ちゃまだ」と病院側もざわついているとか。これだけ人がひしめきあっても、まだ余裕のある広さだ。

「…さあ、ゴナン、慌てずゆっくり大丈夫だから」

「うん…。自分でも、食べられるのに……」

リカルドがまたスプーンを差し出し、ゴナンは皆に見られているのを恥ずかしそうにしながら、すりおろしたゴンの実を口にする。リカルドは嬉しそうだ。ミリアとディルムッドは、そんな2人の様子を、遠い昔の何かを思い出すような目線で見ていた。




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