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連載小説「オボステルラ」【幕章】番外編2「ゴナン、髪を切る」(1)


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第三章の登場人物



番外編2 「ゴナン、髪を切る」(1)



 「ゴナン、髪が伸びたね。前髪が目にかかってきてるよ」

二人での野営から帰ってきた翌日、ツマルタにある拠点で、リカルドはゴナンにそう声を掛けた。いつも前髪を短く切り込んでいるゴナン。しかし、鉱山に閉じ込められたり療養があったりで、1ヵ月以上髪を切れずにいた。

「あ、そういえばそうだね。これで切るから、大丈夫」

そう言って、バンダナを外してナイフで髪をちぎり切ろうとするゴナンの手を、リカルドは慌てて止めた。いつもこうやって切っているから、バラバラの毛先になっているのだ。

「ゴナン、せめてハサミで切っ…。いや…」

そこでリカルドは思い立つ。

「…ゴナン。僕も髪が伸びちゃったから、床屋さんに行こうと思っていたんだ。一緒に行かない?」

「床屋…?」

ゴナンは首を傾げる。

「髪を切ってくれるお店だよ。姿形を整えて切ってくれるんだ」

「髪なんてすぐ伸びるのに、髪を切るのにもお金が要るなんて、街の人は大変だね。俺は髪の形はどうでもいいから、大丈夫」

そう言って、自分の髪はまたナイフで切ろうとするゴナン。リカルドはまた、それを止める。

「ま、待って、ゴナン!」

「?」

リカルドはどうしても、ゴナンに床屋での散髪を経験させてあげたくなった。どう説得するべきか少し悩む。

(……そうだ…!)

「ゴ、ゴナン…。君はミリアの髪を切ってあげているだろう? 彼女はどうにも寝癖が気になるようだ。プロの床屋さんは、寝癖ができにくい髪の切り方を知っているから、それがわかるかもよ」

「……!」

そもそも、ミリアを床屋に連れて行けばいいのだが、彼女の『引きの悪さ』を考えると、ハサミを扱うようなお店に連れて行くことに嫌な予感がしてしまうリカルド。ゴナンの興味が向けばいいが…。

「……寝癖ができにくい切り方。そんなの、あるの…?」

「う……うん。なにせ髪を切る専門家だからね」

(たぶん……)

本当にそのような技があるかは分からないが、自分のためでなくミリアのためとなるとゴナンは興味を持ってくれたようだ。気持ちが変わらないうちに、とゴナンを促した。

「よし、じゃあ、行こうか。この街には僕の行きつけの床屋さんがあるから、安心して。ああ、バンダナは外して行っていいよ」

「うん…」

妙にソワソワと楽しそうにしているリカルドの様子を不思議そうに見ながら、ゴナンはバンダナを置いたまま出かける準備を始めた。

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「こんにちは、お久しぶりです」

「おお、リカルドさん。いらっしゃい」

工房街の外れにある1軒のお店を訪れた二人。床屋の主人がリカルドを笑顔で出迎える。

職人や工場勤務の男性が多いツマルタの街。床屋も簡単にカットや刈り上げをするだけのお店がほとんどなのだが、このお店はヘアスタイルのデザインにもこだわってくれるのだ。ちなみに、タイキもこの床屋の常連である。

「今日は連れがいるのか、珍しいな」

「うん。僕はいつも通りでお願いしたいんだけど、この子もよろしく」

そう言ってゴナンを押し出すリカルド。ゴナンはどう振る舞えばいいのか分からず、ソワソワしている。

「…あの…、よろしくお願いします…」

「床屋には初めて来たんだよ。楽しみだね、ゴナン」

リカルドがフォローする。思春期男子のモゾモゾした感じを見て、床屋の主人は少し楽しそうな表情になる。

「おお、床屋デビューかあ。うちに来てくれて嬉しいね。どんな感じにする?」

「え……と…」

どんな感じ、と聞かれても、どう答えていいのかが分からない。リカルドに視線で助けを求めるゴナン。

「いつもと同じ風になればいい? ゴナン」

「…うん」

「ええと、前髪は眉よりもこのくらい上で、あまり切りそろえずに束感を出す感じで…」

リカルドが「いつもの感じ」を説明してくれる。それを聞いていたゴナンだったが、はっと思い出した。

「あ…、あと、寝癖ができにくい感じを、知りたい。……です」

「ん?」

突然、大きな声でそう要望したゴナンに、床屋はビックリする。リカルドはクスッと笑った。

「…この子、ゴナンがね、女の子の髪を切ってあげることがあるんだけど、彼女の寝癖がなるべく出ないようにしてあげたいんだって」

「へえ、そういうことか。髪の長さでちょっと変わってくるからなあ…。今日は客も少なそうだし、終わってから、コツぐらい教えてあげるよ」

床屋の主人がそう申し出てくれて、ゴナンの顔は無表情ながらもぱっと晴れやかになった。

「まずはゴナンくんの髪からだな。先に洗髪するから、こっちの椅子に座って」

「えっ」

ゴナンは床屋の案内に、驚いた声をあげる。

「髪は自分で洗えます……、けど…」

「んん?」

リカルドはクスクスと笑い、またフォローする。

「ゴナン。髪を洗うのもここのサービスなんだよ。もちろん洗わずに切るだけでもいいんだけど、洗うのもプロだから、お願いした方がいいよ」

「あ…、うん……」

戸惑いながらも洗髪の台に座るゴナン。そんな素朴な反応が、床屋も楽しそうだ。リカルドは店内の椅子に座って、ゴナンの様子を見守っていた。

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「……」

 少しボーッとした表情になっているゴナン。初めて床屋による洗髪を受けて、ウトウトと眠くなってしまっていた。カットされている間も夢うつつだった。

「ゴナン、ほら、カットが終わったよ」

「……あ、うん」

ハッと目を覚まし、ゴナンは鏡を見る。いつもと同じような長さだが、髪の形がスッキリまとまっている気がする。




「いやあ、流石だね。とてもカッコよくなったよ、ゴナン」

「うん…。なんか、いつもと違う感じがする」

「そりゃあ、ナイフでちぎり切るのとはね」

「あと、髪を洗ってもらうの、すごく気持ちよかった…」

そう言って、また眠そうな顔になるゴナン。ベッドの寝心地の良さ以来の衝撃だ。リカルドは「じゃ、交代だ」と洗髪台の方に向かう。

「ゴナン、僕が終わるまでそこの椅子でお昼寝してなよ」

リカルドのその提案にゴナンはうなずき、店の壁際にある椅子に座る。そのまま間もなくスヤスヤと眠ってしまった。本当に洗髪が気持ちよかったようだ。

「ふふっ、もう寝ちゃった。かわいいなあ」

ゴナンのその様子をニコニコして見守るリカルド。床屋は驚いた風にリカルドを見る。

「…いったいどうしたんだ? リカルドさん。いつものうさんくさい感じが薄いというか、憑きものがとれた感じというか…」

「えっ? 僕、憑きものがついてると思われてた?」

「なんだか、随分、印象が変わった感じだよ」

そう話しながら、リカルドの髪を洗う床屋。

「そうだね…。まあ、変わったと言えば変わったかもしれないなあ…。自分ではよく分からないけどね」

「ま、人間、安定もいいがな、変化があってこそ人生だ。いいことなんじゃないのかな?」

「…でも、ご主人はずっとここで変わらず腕をふるっていてほしいなあ」

「わかんねえよ。スカウトされて、王都のカリスマ床屋になっちゃったりしてな」

リカルドは少しだけ微笑むと目を閉じてしばし、ゴナンをとろけさせた床屋の洗髪の技に自身もひたった。





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