連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 5話「訪問者」(7)
5話「訪問者」(7)
その翌日には、ゴナンの熱はすっかり下がっていた。ルチカからもらった薬のおかげだろう。
(あと、多分、熱が出たのは、いつもの『街の空気』のやつじゃなくて、体を冷やしちゃったせいだったのかもな……)
ゴナンは自分の体調についてそう分析して、しかし節の痛みが残る膝をさする。巨大鳥と少女が訪問し、ルチカが訪問し、と事態は大きく動いたかのように思えたが、結局、ゴナンを取り巻く状況はほとんど変わっていない。確実なのは、巨大鳥はもう、待っても来ないであろうということだけだ。
「……よし、頑張ろう…。狼煙と、食べ物……」
そう自分を鼓舞し、ここで仲間達を待つべく動き始めたゴナン。また、巨大鳥の羽の矢に頼って獲物を狙うが、この数日間で野鳥や獣の様子が随分と変わったことに気付いた。
「やっぱり……、獣が減ってる……?」
それでもなんとか探し回ると、ミニボアを何とか1頭仕留められた。大物が手に入ってホッとするゴナン。罠にもリコルルが1匹かかっている。干し肉や燻製も十分すぎるほど作っているので、この調子でいけば当分は大丈夫そうだが、いくら準備しても不安が尽きない。冬を知らないゴナンだが、勘がそう思わせているのか。
「……落ち葉もだいぶ増えてきたから、ボーカイの葉もたくさん集めておこう」
少し前まで青々としていた葉が、茶色に変わり、落葉し始めている。これが落ちきってしまうと、新しい葉を手に入れられないらしいことは、ゴナンにもわかった。
そうやってまた、ひたすらに作業を行うゴナン。
生きるためだけに生きることは、かつてのゴナンにとってはとても当たり前のことだったから、楽しいものではないが苦でもない。ただ、淡々と、粛々と、ここで生きて狼煙を上げ続けることに徹した。
* * *
それから数日経ったとき、ふと、ゴナンは採集してきたビクリ石の山に目を遣った。張り切って掘りすぎたこの石、狼煙に使うにはあまりにも多すぎたのだ。
「……そういえば、ツルハシもカゴも返さないといけないし…。この石を、おじいさんにあげよう……。陶器に使っているようだったし…」
正直、あれだけ足蹴にされて泉に突き落としてきた人物の元へ行くのは気は進まないが、毛皮や小鍋はできればもう少し借りていたいし、そのお礼もしたい。
ゴナンはカゴに石を詰め込んで、そしていくつかの燻製肉を葉に包んで、老人宅へと向かった。もちろん道中は、ディルムッドに習った足腰を鍛えられる歩き方で。
老人宅に着くと、また家の中から叫び声が聞こえる。以前よりはそれに慣れたゴナンは、構わず扉をノックし、「こんにちは…」と挨拶をしながら中に入った。すぐにくるりと振り返る老人。今日は、器に釉薬を塗る作業を行っているようだ。
「…ああ? なんだ! ブルブル凍え野郎! 何の用だ! もう鳥は来ねえんだろう!」
「……!」
ゴナンはその言葉を聞き、確信する。
「……やっぱり、毛皮を掛けてくれたのは、おじいさんだった…、んですね…」
「……」
「鍋も、ありがとうございました…。すごく、便利で…。あの…、まだ寒いので、毛皮はもう少しだけ借りられると、ありがたいんですが……」
その言葉に、老人はゴナンから目を背け、自身の制作中の作品に向き直る。
「……毛皮も鍋も、ゴミだ。俺は捨てに行ったんだ。ゴミを戻されると迷惑だ」
「……」
ここでナイフがいれば、「とんだツンデレおじさまだこと」などと突っ込んでくれるところだし、リカルドがいれば「へえ、あんな寒い夜に、わざわざ。それはまた、たいそうなゴミだなあ」などと嫌味を言って煽るところだが、ゴナンは老人に答える言葉が思いつかない。しかし、老人の台詞を額面通りには受け取らず、ペコリと頭を下げる。
「……あと、あの……、ビクリ石、掘りすぎたので、使うかなと思って、持ってきました…」
「……なんだ? そんなにアホみたいに採りやがって! 粉にするのが大変じゃねえか!」
またそう叫び、しかし目線を屋外の方に向ける。窓越しに見ると、石の保管場所のような一角が見えた。ゴナンは黙って、石をそこにざざっと流し入れた。カゴとツルハシを戻しに家の中へ戻ったゴナンは、棚の一角に、新しい器が並んでいることに気付いた。この数日で焼き上がったのだろうか。
「……わ…。彼方星みたいだ…」
ゴナンは思わずそう呟く。漆黒の中に、赤い斑点状の模様がスッと入った器だ。キリリと潔い発色がストンと飛び込んでくる。そう口にして、また老人が叫んで作品を割りやしないかとゴナンは怯えたが、今回は老人の癇には触らなかったようだった。
「…あ、でも、この石にも似てる…」
そう言って、ゴナンはその棚の脇に置いてあるあの石をまた、手に取る。真っ黒の中に真っ赤な欠片がキラリと光る、不思議な石だ。
「……俺はその石の黒と赤を出したいんだ。あの泉の近くで偶然拾った石だ。今回のは、かなり近づいた。もう少しだ」
「……」
そう言って老人はまた、ブツブツと何かをつぶやき出す。その全身から情念というか、怒りの念が湧き出ているように見えて、畏れるゴナン。しかし既視感もあった。それは、鉱山で無心に激しく石を割り続けるディルムッドの後ろ姿だったり、そして自身の呪いのことを静かに語るときのリカルドが纏う空気にも似ていた。
(……そうか…。このおじいさんは、ずっと、怒ってるんだ…。でも、きっと、そのおかげで、こんなに元気なんだ…)
元気、という表現はそぐわないかもしれないし、それを聞くときっと老人はさらに怒り出すだろう。ディルムッドも自身への怒りに囚われていたし、そして、リカルドも……?
(……リカルドも…、あんなに冷めた感じにしてるけど、でも、本当は、ずっと、ずっと、すごく怒っているのかもしれない…)
望まず負わされたユーの呪いという理不尽に対して、もしかしたら、子どもの頃からずっと、激しく、怒り続けて。だから、何もかも振り捨ててただ識るためだけにその人生を費やしている。
ゴナンは老人に、声をかけた。
「……あの…、ツルハシと毛皮のお礼に、また、燻製肉を置いていきます……、ので…」
「うるせえ! いらねえ! もう食べ飽きた!」
老人がまた叫んだ。どうにも気難しい、とゴナンは一瞬困るが…。
「…もうすぐ冬だ! 大きな獣はみんな冬眠するんだ! そんなときに、他人に肉をやってる場合か、お人好し坊!」
「……!」
ここでようやく、ゴナンは「冬が来る」ということをはっきりと認識した。冬眠…、獣が出てこなくなってしまうのか。そして、ゴナンの保存食を自分が減らすわけにはいかない、そういうことだろうか。
「…ありがとう、ございます……」
ゴナンはペコリと頭を下げて、しかし燻製肉はそっと置いて、家を後にした。
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