見出し画像

ぎょうざを食べたよる

むかしから我が家では、家族全員が集まる日に餃子を食べる。
冷凍の餃子を買ってきて、大きなホットプレートに、油を引かず乾いた餃子50個を整列させる。そこにお湯を餃子の肩がつかるぐらい注ぎ、蓋を閉めて高温でおよそ10分蒸し上げる。

頃合いを見て蓋を上げてみる。ぶわぁーっと熱い水蒸気が立ちのぼるのに注意しながら、その下から現れる餃子を観察すると、水分をいっぱいに吸い込んだその肌はぷっくりとし、つやつやしている。そこに黄金に輝くオリーブオイルをかけ、蓋をせずにさらに3分ほど焼く。家族が集まる前に1つつまみ食いをして私の任務は終わる。

 通常が数ヶ月に1度しか食べない餃子だが、大きな決断をした後はその頻度は何倍にもなる。それが顕著に現れたのは私が新卒2年目で、会社をやめ、留学に行くと決断した時だった。留学に行く前の7日間、私は毎日餃子を食べた。


渡航前日の昼過ぎ、母親から夜ご飯は何を食べたいかと聞かれた。私は「餃子」と即答した。彼女は無愛想な顔でオッケー、と言って買い物に行ったが、内心「やっぱりな」と思ったに違いない。そして夜7時ごろキッチンへ顔を出してみると、冷たい餃子がホットプレートに綺麗に並んでいた。私はお湯を注いで、プレートの温度調節のつまみを回し、蓋を閉めた。蓋の隙間から溢れる水蒸気をぼーっと眺めた。
やがて匂いにつられた父親と弟もテーブルに集まってきた。

最後の晩餐で交わされたのは、たわいない会話だった。食べ終わって片付けようとした時、母親が「また帰国したら食べましょう」と小さく言って食事は終わった。

私は戦地に行くわけではないが、親元を離れて向かうは、言葉も文化も違う異国の地。もしかするとテロに巻き込まれるかもしれない。それでも送り出した家族とまた餃子を楽しみたいと強く思いながら、私は日本を後にした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?