人格の変化、人格の交代について/解離性同一性障害
解離性同一性障害(多重人格)当事者の「私」です。
今回は人格の交代についてお話ししたいと思います。
解離性同一性障害で言う「人格」とは、強いストレス下において記憶や感情が核となって抜け落ちたものが異常な発達の仕方をして本人の意思とは別に、別の人格として働きだしたものを指します。
生まれ持った「基本人格」の他、「交代人格/副人格」と呼ばれるものがあり、その中でも表に出る活動時間の長い人格を「主人格」と呼びます。
また、交代人格にはそれぞれ役割があることが多く、例えば自己の過剰防衛で暴れる破壊人格などが在ります。
人格の交代は、性格が変わる、といった類いのものではありません。
解離性同一性障害は自己の同一性が失われる障害のため、人そのものが代わります。
人格が交代すると、他者からみた場合、口調や表情、目付きなどまでが変わります。
筆跡や得意不得意、精神疾患の有無まで変わります。
価値観や認知、性別や年齢その他性質等も変わるため、まったくの別人として考えてよいと思います。
人格の交代中は記憶がなくなる方が多く、解離性健忘や解離性遁走に繋がります。
記憶のなくなる方の場合は、ノートやアプリを活用して他の人格との記憶のすりあわせが必要となるため大変な苦労をされています。
私の場合は記憶がまったく無くなることはなく、一歩後ろからうっすら様子を見ているような状態になります。
ただ、覚えておくことがなかなか難しいため、後で思い返そうとする時にはわりと苦労します。
あった出来事については覚えていても、詳細に子細なことまではわからない、といった具合です。
この記憶があるかないか、についてですが、あくまで私なりの見解としてですが、他者に身体を委ねられるか否かの度合いに近いと感じ受けます。
他の人格(他者)へ身体を引き渡すことになる訳なので、他者へ身体を預けることに対する抵抗感の差が記憶のあるなしに関わっているように思います。
記憶がない、だなんて無防備な状態を曝せるかどうか。
これはあくまで、私自身が他者に対する不信感から嫌悪感に繋がっていて、他者に対する過剰な防衛が根底にあるため、そう思い至っただけの推論になります。
人格の交代は突然起こることもありますし、意図して交代することもできます。
私の場合は、意図して交代するのは少し苦手で、勝手にするすると代わることが多いです。
友人家族からすると、コロコロと表情が変わる面白人間といったとこでしょうか。
突然何かに怒り出して、怒りのポイントがわからないと言われたこともあります。
意図して交代する場合、これはおそらく個々人で様々であると思われます。
よく聞くのは表に出る人格さんにスポットライトを当てたり、人格さんがステージの上へ上がったりなどでしょうか。
私の場合は特に決まりはなく、横へスライドする形で交代したり、内界(内部の精神世界)から出たがっている子に一歩引いて譲る感じ。
うちの人たちはあまり身体の取り合い等しないので、助かります。
外部の子、いわゆる憑依状態に持っていくには、一歩引いて外部の子を取り込むような感覚です。
人格の交代を繰り返すことで、自分の口を使って代わる代わる他の人格さんと会話することができます。
憑依状態の時は、いわゆる口寄せと呼ばれる状態でしょうか。
自分だけでなく他の方と会話することもできます。
人格が交代している時の私の体感は、自分の中から他人を見ているような感覚です。
「自分」という意識が薄れている間に、勝手に身体が動き、判断し、しゃべっている感覚です。
その為、自分の意に反する言葉が自分の口から発せられるのを、止められない場所から傍観するしかない時もあります。
暴れているときなんかもそんな感じですね。
以上、解離性同一性障害の人格の交代についてお話ししました。
興味を持っていただければ幸いです。
いつもスキをありがとうございます!
※解離性同一性障害は個々人の差が激しい障害のため、あくまで私個人の場合についてお話しさせていただきました。
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