『蝉廻り』‐０４０　最終話

”成瀬教授、今日の郵便机の上に置いておきますね！”　
”あぁ、ありがとう。”　書類をポンと揃えながら成瀬が外に目をやった。
”今日も…暑くなったね”　
”この校舎、エアコンあまり利いてないから、配達するだけでもう汗だくですよ”　受付の女性が手で顔を仰ぎながら言う。
”教授も窓閉めないと私みたいに汗だくになっちゃいますよ！！”そう言いながら彼女が部屋を出て行った。

どさっと置いて行かれた郵便を手にしてひとつずつ目を通す成瀬がふと、手を止めた。

ふふっと微笑みながら一枚の絵葉書を眺める。

成瀬教授　お元気ですか？
僕はこちらの生活にも慣れ、少しづつですが僕の写真が雑誌に載ったり、仕事の依頼も入ってくるようになりました。今もまだ、何処へ辿り着くのかなんて何も分からない、本当に手探り状態です。でも、振り返った時に思い出す「あの時の自分」が笑顔であるように…今を思い切り飛んでいたい。ここカナダでも、今年も蝉が空を駆け巡るために羽根を広げました。教授にも届けたいので送ります。また一緒に登山が出来る日まで…　白沢誠司。

葉書より

写真を裏返してそっと微笑み、葉書をそっと本棚に飾った。

”おっと…授業の時間だ”　慌てて部屋を出た成瀬の部屋に蝉の鳴き声が何処からか響き渡った。

誠司の絵ハガキ

”セージ、現像してきたよ”　クリスが僕の部屋に封筒を持ってきた。
”おっ、待ってました！”　おもむろに封筒を開け中の写真を取り出した。
”すごく良く撮れてるね”　にんまりと笑って　”そうだろう”と言うと、クリスが　”暗室すっげー暑くてさぁ…”横目でちらっと僕を見る。　
”んったく、分かってるさ”　冷蔵庫までつかつかと行くと、冷え切ったビールをクリスに差し出した。
”サンキューな！”そう言ってからまたドサッとソファーに座ると、チャリンとネックレスがなる。

”セージさ…”　
”なに？”　
”首にかかってるそれ…本物の蝉の羽根だろ？”　
”ん？これか？”　
金でコーティングされた蝉の羽根を胸元から取り出す。輝く羽根をそっと手にする。　
”あぁ、本物の蝉の羽根だよ”　
”なんで羽根ぶら下げてるの？”ぐびっとビールを喉に流し込みながらクリスが不思議そうに聞いた。

僕は手の中で光る羽根をそっと見つめ微笑んだ。ソファーから立ち上がって、ゆっくりと窓際に足を運ぶ。窓を思い切り開けると、蒸し暑い風がふわっと僕を持ち上げる。
青空は、真っ白な雲を何処までも果てしなく運んでゆく…。

”これは…”

”「今を生きる」為の…お守りさ。”

そう…

今も…そしてこれからも　ずっと…。

（Startイメージ曲）

ー　ねぇ、お父さん。

ー　ん？

ー　生まれ変わたら、何になりたい？

ー　また…和風の父親になりたい。

ー　恋人じゃなくて？

ー　恋人は、お母さんって決まっているからダメ。

ー　ふーん。

ー　和風は…何になりたいんだ？

ー　もちろん、お父さんとお母さんの娘になりたいわ…そして…

ー　そして？


ー　その後は…なーいしょ。　







ふふふ．．．

完

ー　2月6日が誕生日の　空の上で微笑む父に捧げます。　ー

パパ、大好きだよ。