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小説:「想うもの」:006


どのくらいたっただろうか…少し湿った土の温い暖かさに包まれながら 私は目覚めた。

あの手の中で 3人の楽しそうな会話を聞きながら目をつむったのが 私の最後の記憶だった。頭がまだ朦朧とする中 私は 最後の記憶の糸をつまみ 一瞬たりとも見逃さないように 全ての時を手繰り寄せる。
私の根は一つ一つを鮮明に記憶していてくれた。彼の笑顔も ぬくもりも 全て…なんて心地の良い幸せな記憶なんだろう。


翌年もそのまた次の年も 私は 周りより一足早く芽を出し、土手を一日中見つめるようになっていた。
あの日以来 おばあちゃんの手を取り 彼が訪れることはなかったけれど、土手の上の細道を 黄色いベレー帽をかぶり大人と歩く彼の姿が毎日二回見えたからだった。
やがて黄色いベレー帽が 黄色い野球帽に変わり 大きな真っ黒な鞄を背負うようになった。背も高く 体つきも大きくなり、出逢った時にみた大きな子供と同じくらいになっていた。この土手下からでは 彼の表情は見て取れない。覚えている彼の笑顔を精一杯思い浮かべながら 彼があの道を横切る姿を見守っていた。

大人の姿はもうなく、もう一人大きめの子供と一緒に歩いていた。あの歩幅、あの跳ね方は 土手を駆け下りていたあの大きい方の子供だった。今も全然変わらず、嬉しそうに飛び跳ねながら歩いている。
ふふふ。含み笑いが出てくる。
私の”想い人”は小さいながらも しっかりと前を見つめペースを乱すことなく歩き続け、大きいほうは走ったり 止まったり、時には両腕を広げながら飛んだりしていた。雨の日には重たそうな靴を掃き 雨粒の様な小さな球がついた黄色い傘をくるくると回しながら大きい子が先を行く。傘から跳ねた雫が”想い人”に降りかかり 何やら話しているかと思うと 大きい子が傘を閉じ 彼にそれを向け いきなりバサッと傘を開いたりしていた。傘に残っていた全ての雫が 彼に降りかかり そこから追いかけっことなる。

霜が降る日には 二人して同じ場所を何度も行ったり来たり…霜をザクザクと踏んでいたのだろう。
雪が降る日には 必ず大きいほうが 私の”想い人”に雪の塊をぶつけ 雪合戦が始まる。帽子をとられたり、鞄の金具を開けられたり ちょっかいを出されるのは決まって私の”想い人”だった。それでもなお 笑いが途絶えることなく土手道時間は過ぎて行く。

午後になると大きい子供が何やら手に紙切れをもって歩き それをおもむろにのぞき込む彼がいたり、ボールを投げ合いながら走っていたり、二人で縦笛を吹きながら歩いてゆくときもあった。その音は美しいものとは言えなかったが、とても嬉しい音であった。たまに音を外すと大きい子供に怒られ、大きい子が間違うと何もなかったかの様に 曲は進み続ける。お可笑し笑いが止まらなかった時もある。


数年たつと 大きい子供の姿はなくなり、彼一人で土手を歩くようになった。彼が通るより早く、大きい子が二輪車にのって土手を行くようになっていた。大きい子はいつ見ても子供の時のままの陽気さで 歌を口ずさんでいたり、 音楽を聴きているのだろう 目をつむり頭を振っていたり…土手を駆け上がる姿も変わってないのだろうなと考えたりもした。

一人で歩く私の想い人。何を思って歩いているのだろう…

色々想像したり 描いた彼の姿に吹き出し笑いをする日々もあった。…今でも優しい笑顔で 私を可愛いと言ってくれるだろうか。

黙々と歩く彼の心の中を想像するのは難しかった。たまにボールをつきながら歩いていたりもしていたけれど、一人の時 大半は ただ黙々と歩いていた。真っすぐに 揺ぎ無く…それもまた 大木を真っすぐに見上げていた 幼い頃の彼のままだといえばそうでだった。
友達と見て取れる子供たちと一緒に歩いているときもあった。何やら小さな箱の音が出るおもちゃや たまには小さな紙切れを友達の間で見回しながら。笑い声が響くと 目を閉じて 彼の瞳を想う。

どんな人になっているのかな…またあの時のように おばあちゃんと一緒にここを訪れてくれるといいな。。。見守る彼は大きくなれど 私の中の彼は未だ出逢った時のままで止まっている。悔しいな。

それでも こうして彼を遠くからでも見ていられる事は 私にとって幸せなことだった。
私が摘まれるその日まで、どんなに早く顔を出しても 睦月も如月も”おばあちゃん”を土手道で見かけたことはなかった。
大木はどんな思いでこの季節を過ごしているのだろうか。
私がそんな疑問を 自分の胸の奥に閉まっておくことにしたのは 同じ”想い人”を持つものとしての 大木への気遣いだった。
私も成長しているのかな。


音声配信はこちらになります。

そして 今までの1-5話のお話は
こちらのマガジンからお読みいただけます。よろしければ読んで 聴いてみてください:)

https://note.com/nanadanaeko/m/m37c28400f5d4


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