『花になれ』
そっと病室を出ると ドアの向こう側から一斉に漏れる悲しみの声。
聞きなれている物なのに、いつも胸が締め付けられる。
そっと握りしめていた光を 青い空にふっと放った。
もう沢山だ。
こんな辛い思いは もうしたくない。
空高く上る光を見つめながら 僕はどんな顔をしてたのだろう。
”悲しいの?”
小さな声が地面から聞こえる。
どうせ自分にかけられている物じゃない…光はもう空に溶けてゆきそうなくらい小さく遠のいていた。
”ねぇ 悲しいの?”
つられて顔を地面に落とすと、僕の足元に 小さな女の子が立っていた。
僕をじっと見つめている。
ー 僕に言っているのかい?
そう尋ねると 女の子はこくりと頷いた。
”どうしたの?どこか痛いの?”
悲しかった。辛かった。どうしようもなく自分の存在を無くしてしまいたかった。そんな時に手渡された優しさに 甘えてしまったのかも知れない。
ー ああ、痛いんだ…ここが。
そっと自分の胸に手を当てる。
ー 僕はね、『死神』なんだ。
沢山の命を永遠に眠らせる…涙をもたらす人なんだ。
死神なんてもうまっぴらなんだ。消えてなくなってしまっても、誰一人涙を流す者さえいない。こんな小さな子供にさえ 作り笑いをも もう出来ない。
女の子はじっと僕を見つめたまま
”お兄さんが「眠りの王子」ね” とそう言った。
ー 眠りの…王子?
”うん!!”
女の子はおもむろに近くに咲いていたタンポポの綿毛を手に取った。
落ちていた小枝で芝生に穴を掘り、綿毛をポンと入れ 土をかぶせた。
”明日タンポポ咲くと思う?”
僕は訳が分からぬまま 首を横に振った。
”じゃあ明後日は?”
おかしなことを言う子だなと、フッと口元が緩む。
ー 雨が降って、何週間かすれば芽が出るんじゃないかな?
そう言うと、”あたり!”と目を細めながら女の子が微笑んだ。
”タンポポは枯れちゃったけど、綿毛になったの。
でも、土に潜っても すぐには新しい芽にならないの。
病院でママが…教えてくれたんだ…。
種は 「雨」 と 「ながーい我慢」が必要なんだって。”
ちょっと寂し気な笑顔を浮かべて女の子は続けた。
”人も同じなんだって。
またお花になるには、「沢山の涙」 と 「ながーい眠り」が必要なんだって。
ママ笑って言ってた…それをくれる人...
「眠りの王子」を待ってるんだって…
いつか 綺麗なお花になるんだ って...。”
僕はその場に崩れ落ちた。
悲しみも 辛さも全て涙から地面へとこぼれ落ちて
この身を洗われたような まっさらな優しさだけが残った。
心の底から洩れた言葉…
ー 僕はここにいてもいいのかな?
女の子はうずくまる僕の隣に座り込み、
”王子がいないと ママお花になれないでしょ?”
そう優しく呟いてくれた。
その日から、手に握る光から声が聞こえるようになった。
『ありがとう』
今日も僕は
輝く光を 空高く 飛ばし続けている。
『花になれ』
そう語りかけながら…。
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(1181文字)ーNoteの文字数換算
あとがき:
こちらの企画に応募させていただいております。
「睡眠」 「眠り」に関するショートショートの応募企画です。
今回ノート友達のカニさんが審査員の一人として 開催されています:)
カニさんは、Webデザインを学ばれていらっしゃる とてもお洒落が大好きな、スマートで素敵なエッセイを書かれる方です:)今回カニさんとの繋がりで「ピリカグランプリ」の事を知りました:)
お題から作るショートショートは初めてなので、どうしようか色々考えました。字数制限も800-1200字。
でも、頭のスイッチが入ってしまうと寝れない私です。(笑)ということで、想いを形にしてみました:):)
「睡眠」…私が描きたかったのは 「永遠の眠り」です。
誰にでも訪れるもので、そこには涙があり 別れがある。
でも、永遠の眠りから覚めて また「始まり」がある事…そうあって欲しい。
先日 記事にもしたように5月末に祖母が亡くなり、祖母と祖父の「天の旅」が幕を開けました。その記事でも書いた、「始まり」をこのお題に乗せたかったんです。
空に昇った方々は、「眠りの王子」によって花に生まれ変わる日が 必ず来る。。。そう信じて 前を向いて歩いてゆきたい私です。
企画をしてくださったピリカさんをはじめ、カニさん・審査員の方々、、、素敵を私に届けてくださって有難うございます。
お読みいただき ありがとうございました。
七田 苗子
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