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変身

大学四回生の時、モデルで食べていくと決めた。16歳から始めたモデル業だったが、学生時代は学業と部活中心だったため、実際には月に1〜2本ほどしか仕事をしていなかった。

その間にも、事務所には新人モデルがどんどん入ってくる。新人たちは、最初は先輩の私に低姿勢に接するものの、私に仕事が無いのがわかると、明らかに態度が変わった。

『売れないモデル』。
それが、学生時代の私のポジションだった。

私は悔しかった。
本気でモデルの仕事をしたら、どこまでいけるのか?自分を試してみたかった。

就職活動の最中、その気持ちを親にぶつけてみた。当然OLになると思っていた親は、猛反対をした。父親は「モデルをさせるために、大学まで行かせたんじゃない!」と聞く耳すら持ってくれなかった。
私はまず母親を説得し、私の情熱を理解してくれた母が父を説得してくれて、モデルの道が開けることになった。

社会人になり、四月。
私のレギュラーは、月に一本だけだった。
服のカタログ撮影で、慌ただしく50着ほどを着替える仕事だ。業務用カタログなので、一般の人の目に触れることもない。ヘアメイクやスタイリストが付くわけでもない。自分でメイクし、服に合わせて髪型を変え、靴は自前だ。どんな衣装にも対応できるように、毎回10足近い靴を持参した。

当然のことながら、ギャラは安い。
これ一本では、食費すら払えない。
つまり同世代の社会人並みに稼ぐには、オーディションに合格して仕事を取らなければならなかった。

とはいえオーディションなど、そんな簡単に受かるものでは無い。10本行って、1本受かればいいところだ。

ああ。親からお小遣いをもらっていた学生時代は、なんて気楽だったんだろう。
ひと月に仕事が数本あるだけで、十分なお小遣いになったのに。

しかし今は違う。
親を安心させるため、
私をバカにしたモデルたちを見返してやるため、
そして何より自分のために、
事務所で一番の売れっ子モデルになるのだ!
そのためには、是が非でもオーディションに合格して仕事を取ってこないといけない。

どうすればオーディションに受かるのだろう。
まず私は、モデルたちが集まるオーディション会場で観察した。

おやおや。ここは、お花畑でしょうか?
淡いピンクや黄色、白、水色などカラフルな衣装に包まれた美しき蝶々たちが、スカートから華奢な脚を覗かせて椅子に座っている。

私はというと、、、

おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
ドイツ軍の格好をしているではないか!?!

きたない!
私だけ一人、汚すぎるっっっ!

いやいや、ちょっと待ってくれ!これに関しては弁解させてほしい。
当時の私はデスメタルが大好きだったのだ。
Panteraをリスペクトして、毎日デス声の練習をしていた私は、彼氏から借りたドイツ兵のボロボロ服に、鋲が付いたブーツを履いていた。
それはそれは、ワイルドだったぜぇ〜。

「その服装は、何ですか?」

オーディションで、しばしば私の衣装について尋ねられたが、こういうことだったのか!

いかんいかん。
この汚さでは、美しき蝶々たちを負かしてオーディションに合格できるハズがない!

私は急いで買い物に出かけ、これまで買ったことのない淡いピンクや水色など、パステルカラーの服を買い揃えた。
よし。これで衣装は大丈夫だ。
髪型やメイク法は、仕事の現場で一緒になった可愛いモデルをよく観察し、盗める部分は全部盗んだ。

しかし見かけが小綺麗になっただけでは、オーディションには受からない。
モデルたるもの、豊かな表情とポージングができなくてはいけないのだ。

私は毎日鏡の前に立ち、表情とポージングの研究をした。特に顔の表情には力を入れた。というのも身長が低い私に来る仕事は、ファッションではなく顔アップがほとんどだったからだ。
ファッションのオーディションで落ちるのは仕方がない。もともとのスタイルの差で、長身モデルにはどうやっても敵わないから。
しかし顔アップとなれば、私の主戦場。ここで誰かに仕事を取られるわけにはいかない。

私は毎日、三面鏡とにらめっこした。
そのおかげで喜怒哀楽の表情はもちろん、どの角度からどう撮られたら自分がどのように写るのか、顔の角度から黒目の位置まで、今でも完璧にマスターしている。

こうしてデスメタルからの変身計画は順調に進み、大学を卒業して二年ほど経ったとき、私はモデルとしての外見も技術も備わったと自信を持てるようになった。
実際、この頃になるとオーディションでも半分以上は合格するようになり、仕事はドンドン舞い込んだ。私が忙しくなればなるほど、周りの態度が変わってくるのがわかった。

私は、売れっ子モデルとして忙しい毎日を過ごしていた。ポスター、CM、雑誌だけでなく、TV番組や映画までさせて頂いた。

『このまま、東京行けるんちゃうの!』
私は東京進出を視野に入れた。

しかし。
人生とは、そう簡単には前に進まないのである。
この続きは、また今度(笑)


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