連作ショート「行かないでと言えない」第2話
第2話「ラストショーのフラッシュバック」
ヒロヤは、肉が入っていないカレーライスでも、『こういうのが好きなんや』と、言ってくれる人だった。だからバイト先の肉屋からの、お土産が楽しみだった。
わかってる。無理し始めた。オヤジの車でも、GMはGM。
わかってる。フェイドアウトになって行くのかなって事。
でも居心地良くって、ずっと夏は一緒に居たい。
こういうの、幸せっていうんだろうな。。。って思ったし。
でも、、、まだまだ続けたい。
合間のマイペースで良いから、続けたい。スキー·インストラクターの仕事。
冬は、雪に埋もれてあったかい団らん。そんなのは東北のフツーの家庭だと、思っていた。
自分は、その雪の上ではしゃぐ人間だ。諸々のことから開放されて、女としてより人間として、自分らしくはしゃいでいる。そんな自分も好きだ。
まるごと受け止めてくれてる、気がしていた。ステデイーに成るまでが駿足過ぎたのに。
翻訳家に成ることと、SKIERで居ること、応援してくれていた。彼だけは。
琵琶湖で風に乗ってる姿を、木陰でぼんやりと眺めてる夏も、悪くない。
なのになぜ、定まり切らないんだろう。。。
建築設計士の勉強。ウィンドサーフィン、肉屋のバイト、、、が挙句、精肉卸会社に就職してしまった。
『キーボードを始めたい』と言い出した時には呆れてしまい、風の噂では『ひろやの豆腐』を暖簾分けして貰ったらしい。肉屋の次は植物性タンパク質かひ❓と、ネタにするしかない。
一体何がやりたいんだろう。
ふたりでなら、やって行けそうって。思わないのかな❓
私も中退したよ❓でも高卒からイントラに成れたから、若い内はこっちが先って思っただけ。
イヤな予感を何度か消した。持ちたくない。予感なんて。
でも、眼の前に居ると別れる気なんてしない。持ち堪えたいけど、、、こんなに長く続いたのは初めてだし。
わからない。分かりたくない。
他とは違うって、、、分かるよね❓あなただから、分かるよね❓
心の曇り、晴れるのはいつ❓
でも今は、まだ好き。
そんな自分も好き。
あんな事訊かないで欲しかった。
傷つき過ぎて、上手い嘘が言えなかった。ベッドインの最中に。
持ち堪えたなら。。。
SKIERの自分に気が済んだら、結婚したいって。そんなの幻なのかな。
私は全然、マンネリじゃない。
こういうの、幸せっていうのって感じてる。
最初は、お湯を沸かして日本茶を作ってくれた。それがなんだか嬉しくって。泣きそうになった。
それが始まりだった。
コーヒーを二人で飲んでると、ふと、古民家改造のアパートの窓。
眺めたら、京都にも初雪。
重たそうな大きめのボタン雪。
私は思わず、立ち上がって上り框から外に出た。
手の平に受けたボタン雪は、すぐに溶ける。ダイヤモンド-ダストみたいな美しいデザインの結晶なんかじゃない。
見上げると、吸い込まれて行く。
降り落ちて来るのに、自分が吸い込まれて行く。
なかなか戻って来ないから、心配したのか、窓からヒロヤが顔を出した。
「私。やっぱりスキーの仕事、行くね❓」
縦か横かに頷いたらしいけど、知らないで良かったと、ゲレンデで回想していた。
お願いだから持ちこたえてと、祈っていた。そのうち諦めではない、上澄みをろ過された願いへと変わって行った。
今でも大事に思ってるんだよ❓
あのHAKUBAのTシャツ。
何より、後になる程噛み締めた。どのプレゼントより日毎に幸せ感じていた。〈CarrotHouse〉のパーカー付きパステルカラーのTシャツ。
指導の免許試験で、別のスキーエリアへ行ってる時に、来てたんやね。
どれくらい滑れるのか知りたかった。元ハンドボール部だもんね❓
「お土産って、これ❓白馬のやん❓」
と、言える自分じゃなかった。つい気持ちを汲んで〈ありがとう〉と、言う私。
それが出来たなら、会話が繋がったのに。気持ちは伝わってる事、知っているのに。
いつも冬シーズンに住まうリゾート地のTシャツがお土産っていうのも、京都に戻ってから渡されるのも、可笑しいのに、、、上手く言えなかった。
上手く伝えられないだけだと知ったのは、ずっと最近の事だ。
今年は『待ってる』とも言わないかも。浜省さん。見事に「ラストショー」を演じてくれるのかも。
やるよ❗❓SKIの仕事。
気がつくと、涙目になっていた。
ずっと後で、ヒロヤがなぜ会社に就職したかが、腑に落ちた。
私のSKIERとしての夢を支えるつもりだったのか、、、と。
ずっともっと後で、あの娘と結婚して離婚したと、知った。
イケイケでもなく、おぼこい訳でもないけれど、もっと本気の恋もしたたかに成れたらな。と、感じた。
SKIに没頭している間中、他の人と恋なんてする気はしなかった。
ツラツラと〈あの幸せ感〉と〈私らしく居られるゲレンデ〉が、どうしたらつながるの❓、、、と考えていた。
やり直したいわけではない。
違う。ただ、その幸せ感だけは冷凍保存していなくては。。。
今度の居場所の私を受け止めてくれる、めぐり逢いまで。
下界のわずらわしいストレスは、ゲレンデから毎日、白馬三山を眺めていたら、忘れる。
「なんてちっぽけな事で悩んでたんだ」って、思えてしまう。
だけど、その〈幸せ感〉だけは、ちっぽけなんかじゃなかったんだ。
夏場の京都に居場所が在るから、SKIに没頭していられた。
信頼できる絆、まだまだだったんやね。。。
今なら、そう思える。
今頃、ふと思い出した。
初めて出逢った時からずっと、ヒロヤは、ハンバーガー『萩』の思い出草ノートに、来る度何曲も歌詞を綴っていた。観光客が書き込むノートなのに、ヒロヤの字で書き綴られた詞は、いつも自作の失恋ソングだった。
本当は、キーボード弾き語りのソングライターに、成りたかったんだね。
ウィンドサーフィンと浜田省吾ファンの仲間が、二人を見守ってくれてたのに。嵐山の店で失恋ソング残したら、それはジンクス通り別れてしまうんだよ❓
私は大人のはつ恋を失くして、又夢を叶えてたけど、それは誰でもスタートは一緒だって、今なら知っている。
踏み出すか出さないか、存続するか気が済んだか、だ。
気持ちにキリをつけて、10年続けたSKIインストラクターの仕事を辞めるには、どうしても、思い切りが必要だった。
その間に、全日本スキー技術選手権の西日本代表に成っていて、デビューした年の夏の終わりに、阪急電車の中で、『根拠のない確信』でめぐり逢えた❗と感じた出逢いが、あったのだ。
高速神戸の所の、コンサートホールのロビーで見かけた。
デビュー直前の伸一だった。
28歳の直前に、就職で上京する前、ヒロヤのおうちに電話をかけた。
いつもはお姉さんが出られるのに、お母様が受話器越しに告げられた。
「ヒロヤは結婚しました。もうここには居ません」
むしろ、気持ちをケジメで切り替えられた。
辛すぎたけど、その代わりに選手としてデビュー出来た。燃え尽き症候群に成ってしまったけど。
『行かないでくれ』と、言って欲しかった。あの初雪の夜。
眼差しが、そう伝えてるのに。私も『待っててね』と言えなかった。
今現在なら、土日祝日だけの主婦バイトでインストラクター出来るんだけどね。。。
白馬八方尾根じゃなくって、関西のホームゲレンデなんだけど、ね❗❓
ーーー to be continued.
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