長編小説「ひだまり~追憶の章~」 Vol.3‐⑦
割引あり
~真夏のスキーヤー@祇園祭を過ぎた京都~
Vol.3-⑦
弘也は、ユニフォーム姿でゲレンデ中を駆けずり廻っている私を知らない。どこかに出かけてデイトしたのは、スプリングスティーンとブライアン・アダムスの来日コンサートくらいだ。
それでも、どんなに説得しようと思い込んだら振り向かない私を、弘也は知っている。感覚で決断した意志を、理屈や感情では譲ったり曲げたりをしない性格である事を。
最初だけ引き留めると、「お前にはスキーがあるんやな。。。」と呟くように言っただけだった。
クリスマスを過ぎた雪降りの夜、スキー場へ向かうバスを弘也は見送りに来た。バスのタラップに立つ私に弘也は右手を差し出し、ポツリと告げる。
「自分を大切にしろよな。自分には正直に成って欲しい。。。」
私は彼の右手を握り締めながらも、とんでもない誤った決断を下してしまった気がした。あの時の思いつめた弘也の眼差し。まるで最後の別れのようだった。
そんな事を3年繰り返し、半年後ジョージのステージを一緒に観た後、逢ってはいない。ジョージの歌で始まり、ジョージの歌で終わった恋だった。
スキーを続けながら持ち堪えて行ける事を願っていた。その『幸せな時間』を諦めたわけではない。ただ、別々の道を歩き始めていて、もう一度それを願う相手は違って来るかもしれない。気づいているのに〈ゲレンデが呼んでいる〉道標を選んでしまったのだ。
あれだけ執着していたのに今はただの想い出に過ぎず、それ以上でもそれ以下にも出来ないでいる。
それまで恋愛というものをナメ切っていた私が、実はどうしようもなく初心者なのだと、近頃感じ始めている。
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