見出し画像

蛇足(古典ノベライズ後編)

(昨日 ↓ から続き)

 それから50年が経った。
 還暦まで会社を勤め上げた武彦は、部下たちからもらったピンクの花束を胸に、妻子の待つマイホームへ夜道を帰っていた。
 私鉄の最寄り駅で降り、バスに乗り継ぎ、マイホームまではバス停から歩いて20分。
 山里、と表現してもいいくらいの、鬱蒼とした田舎道を歩いていると。

「なぁ、武彦」

 自宅の玄関ノブに触れるすんでのところで、突然、彼は後ろから呼び止められた。
 こんな人気のない田舎道でどうしたものかと、いぶかしがりながら振り返るや、肝を消した。
 太い足が4本生えた、バカでかいヘビに、自分と同じ60歳ほどに見える初老の男がまたがっていたのだ。
 脚の生えた大蛇に騎乗したぽっちゃりめの白髪男は、にこにこと見下ろしてきた。

「オレだよ、オレオレ。太一だよ。覚えてないか? 小4のころの同級生だ」

 興奮醒めぬ太一が言うには、自分はあのヘビの絵の一件以降、「本当に足の付いたヘビがいないのか気になって、調べ、勉強し、気づけば世界を股にかける動物学者になっていたのだ」と。
 そして彼の話では、我が国には、足の付いたヘビが古来から、ひっそりと暮らしていたのだと。

「それが、このヘビさ! 乗れるし、オレの言うことは何でも聞くぜ」

 言うことは何でも聞く。
 聞いた武彦は、舌舐めずりをする大蛇を見て、すぐに悟った。
 何でも言うことを聞く4足の大蛇に乗って、コイツはオレに復讐しに来たのだと。

「待ってくれ。悪かった。でもさ、小学4年生の、たかだか10歳のころの話だろ? 50年も経っているんだ。勘弁してくれよぉ」
「そうだ、あれから50年だ。会稽の恥を雪ぎに来たぞ。でも、そうだなぁ……」

 と太一は視線を外し、天を仰いで思案してから、再び視線を武彦へと戻した。

「お前の態度次第だ。もっとも、いじめた事実は消えないけどな」
「そんなぁ。許してくれよ」武彦はたまらず自宅へ目を向ける。「家には妻も子供もいるんだ」
「ならば……そうだな。ワインで手を打ってやる」
「ワイン?」

 したり顔の太一に向かい、武彦はピンクの花束を抱えたまま首を傾げた。

「なぁ、太一。小4のオレがお前からカツアゲしたのは、ブドウ味のサイダーじゃなかったか?」
「ああそうさ。だからワインで手を打つんだ。あの年のブドウは半世紀も経てば、もうワインでくらいしか、取り返すことができないんだからな」

お読みいただきまして、どうもありがとうございます! スキも、フォローも、シェアも、サポートも、めちゃくちゃ喜びます!