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蛇足(古典ノベライズ前編)

 ぽっちゃり気味の小学4年生・太一は、オーバーオールの良く似合う、絵の得意な男の子だった。
 ジュースが大好きで、とりわけブドウ味の炭酸ジュースであれば、そこで溺れても良いくらいには気に入っていた。
 いや、本当に溺れてもいいぞ、と夢想しニヤつくほどだった。

 夏のある日の下校中。
 太一がいつものように買い食いしたペットボトルに入ったブドウ味のサイダーを飲んでいると、同じクラスの暴れん坊が、手下を連れて太一を囲んだ。

「おい、そのブドウ味のサイダー、くれよ」
「……いやだ」
「よこせよ!」

 この暴れん坊は武彦という、同じ10歳にしてはずいぶんと筋肉質な子供だった。
 子供の目線から見れば、それはプロレスラーにも感じるほど。
 太一を囲む数人の手下たちも含めた意見を総合すれば、「太一ひとりじゃ飲み切れないだろうからもらってやる」という、昭和期までのジャイアニズムに根差したカツアゲであるようだった。
 このピンチをどう切り抜けよう。
 このお気に入りのこのブドウ味のサイダーは、絶対にとられるわけにはいかない。
 窮地に立たされた太一の頭に、ほどなく名案が降ってきた。

「なぁ、武彦。公園に行って決めようぜ」
「決める? さっさとよこせって言ってんだよ」
「勝負だよ。お前が勝ったらあげるよ。なーんだ、武彦は、オレに負けるのが怖いのかよ?」

 同じクラスの小学生男子を煽るのは、自宅IHコンロをスイッチで点火するより容易かった。
 太一は得意の絵を使って、武彦を撃退しようと考えたのだ。
 公園に着くと、太一はこんな提案をした。

「いまから、地面にヘビの絵を描く。うまく、早く描いた方が、このブドウ味のサイダーを飲むことができる。さぁ、勝負だ」

 そう揚々と宣言した太一であったが、太一は、この勝負に、負けた。
 なんてことはない。
 地面に早くうまくヘビの絵を描いたのは確かに太一の方だったが、武彦の取り巻きたちが「武彦の勝ちだ」で押し切ったのだ。
 手下の一人が、太一がちょっと目を離したすきに地面のヘビの絵に勝手に足を付け足してしまったことも、太一が押し切られた理由の一つだ。
 武彦の手下たちがはやし立てた。

「足のあるヘビなんか、いるわけねーだろ!」
「悔しかったら見せてみろ!」

 奪ったブドウ味のサイダーのラベルを満足そうに眺めてから、武彦は太一に視線を戻すと、こんなこと言い添えた。

「足の付いたヘビを見せてくれたら、サイダーでもなんでも、返してやるぜ?」

    *

 それから50年が経った。


(明日へ続く)


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