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虎穴に入らずんば虎子を得ず(古典ノベライズ前編)

「え、僕が付き添うの?」

 祖母に監視を頼まれて、祖父が競馬場へ行くのに付き添うこととなりました。
 なんでも次の日曜日に、近所のご長寿数人で、祖父は競馬場に行くとのこと。
 にこにこと楽しみにする祖父に比して、責めるように厳しく眉根を寄せる祖母は、僕に監視を命じたのです。

「頼んだよ、善之助。おじいちゃんは昔っから、ギャンブルの加減ってものを知らないんだから」

 なにせ祖父のモットーは、「大穴に賭けぬなら、富を得ず」。
 若いころには借金してまで競馬にのめり込んだ時期もあったと聞くから、祖母の心配もわからなくはありません。
 その日は幸い大学の友人とどこかに出かける予定はないし、バイトもないし、他ならぬ祖母の頼みとあれば、受けないわけにはいかないでしょう。
 祖父は「競馬場に行ってみたい」という僕の言葉を聞くと、ますます嬉しそうな表情を見せ、他の近所のご長寿たちに確認も取らずにその場で快諾してくれました。


 当日。
 近所の4人のご長寿たちと電車で競馬場へ向かったのですが、そのうち車内で、祖父はご長寿たちとモメはじめ、煙たがられるようになってしまったんです。
 いったいなにをそんなにモメているやら。
 話をよくよく聞いてみると、どうやら今回の大きなレース(重賞っていうらしい)には3連覇がかかった馬がいて、それを買うのがみんなの通常。
 ところがうちの祖父のモットーは「大穴に賭けぬなら、富を得ず」。
 折り合うわけがないのです。
 最寄りの駅で降りると、祖父は僕を真顔で見つめ、低く小さな声で釘を刺してきました。

「おい、善之助。どの馬に賭けるべきかはわかっているよな?」

 祖父には申し訳ないけれど、実は他のご長寿同様一番人気を買うつもりでいます。

「『大穴に賭けぬなら、富を得ず』だ。競馬はな、大穴にこそロマンが詰まっているんだぞ」

(明日に続く)

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