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命を大切にしてただけなのになんかちょっと怒られた小学四年生の夏の話

小学四年生の夏頃、
ホームルームで担任の先生が
最近のマイブームを語り出した。

「最近"ヤドカリ"を飼いだしたんやけど
息子と一緒に世話してたら私の方が愛着湧いて
可愛くて可愛いくて」

担任の影山先生は女性で、
ズバズバとものを言い、生徒思いの熱い先生だったこともあり、
生徒全員からの熱い支持をもつ人だった。

そんな影山先生がヤドカリを飼いだしたのだから
その時を境にクラスの半数以上がどんどんと
ヤドカリを飼いだした。

登校中、休み時間、放課後、話す話題は
みんなヤドカリ。
ヤドカリヤドカリヤドカリヤドカリヤドカリ。

どんな入れ物で飼っているか、貝殻は何にしたいか、砂はどの程度入れてあげているか
何を食べさせているのか

影山ヤドカリ学級が出来上がった。

勿論私も母親にヤドカリを飼ってもらい
無事にヤドカリブームに乗っからせてもらった。

毎日毎日世話をして
毎日毎日愛情を注いで
毎日毎日名前を呼んで
毎日毎日触れ合った。


数ヶ月が過ぎた頃、
またホームルームで影山先生が言った。

「ヤドカリが死んじゃった。」と

そこから徐々にブームは去っていった。
小学四年生なんてそんなもの。
周りの友達もみんなヤドカリが死んでしまったらしい。

夏場で、みんな初めてのヤドカリ飼育だったこともあり
無知のあまりに、ヤドカリがこの町で
このクラス中で大量に死んだ。
もうめっっっっちゃ死んだ。

こんなにも一斉にヤドカリが天に召したのは
全国探してもこの町くらいだと思うほどには
すごく死んだ。

ブームは去ったが私はヤドカリを可愛がっていた。
毎日毎日可愛がっていた。

それから数日が経った時
学校から帰ってきていつものように
ヤドカリを愛でようと虫籠の蓋をあけた。

ものすごい悪臭を放っていた。


私のヤドカリも天に召されていた。

ヤドカリと過ごした日々が脳裏で駆け巡る。

ヤドカリを机に置いて一緒に勉強したこと、
ヤドカリがより良い貝殻に引っ越しできるように
少し大きめの貝殻に住まわせてあげようとしたこと、
寝転がってお腹の上にヤドカリをのせて遊んだこと

いろんなヤドカリとの思い出が駆け巡った。
同時に、もうヤドカリと遊べないんだと思い
涙が溢れてきた。
泣いた。

わんわん泣いた。

そして母が仕事から帰ってきて
ヤドカリが死んでいたことを泣きながら伝えた。

母は「こんなに可愛がってくれたんやから喜んでるよ」
と言ってくれたがそんなことより泣いた。

宿題をしながら泣いた。
夜ご飯を食べながら泣いた。
お風呂に入りながら泣いた。
テレビを見ながら泣いた。

今思えばだいぶ片手間に泣いてたなと思うけど。

ヤドカリを抱きしめながらわんわん泣いて
4時間ほど号泣し続けていた時

母がゆっくりと口を開いた。

「あのな、、、あの、言いづらいんやけどな、
その、なんていうか、すごい愛してたんやなって
それは本間に、伝わるというか、」

もごもごしていた。

何が言いたいのかわからないまま
泣きながら続きを待った。

「…」
「…」

「ヤドカリやから!!!!!」


まだ何を伝えたいのかわからないままだったが
大人が腹を括った瞬間だったことだけはわかった。

「…ヤドカリやから!!!
ヤドカリでこっっっんな泣かれたら!!!!!
ヤドカリでこんっっっっな4時間ぶっ通しでこの世の終わりくらい泣き続けられたら!!!!
もう私この子この先、生きていけるんかなって!!!!!
だってヤドカリでなぁ!!!!
犬とかなら分かるんやけどなぁ!!!!!ヤドカリやしなぁ!!!!」

と堰を切ったように喋り出した。

大人の、それも母親の、
こんな表情、声色、感情に触れたことのなかった私は慌てふためいて
そっとヤドカリをカゴに戻してゆっくりと泣くのをやめた。

「わかってくれたならいいけど。
さっきも言ったけど、ここまで泣いてくれたらヤドカリも本望やし、なんやったらやで?ヤドカリ側も「えそんな泣いてくれる?」てなってるやろうし、な、もう明日一緒に埋めに行こう。な、」

と宥められた。


次の日、母と私は庭に愛しいヤドカリを土に埋め、しっかりさようならをした。

そしてその足でぱんぱんに腫れあがった目のまま
学校に行った。

何人かにどうしたのか聞かれたが答えなかった。

だってブームは終わってたから。
この熱量を受け止めてくれる人間はもう居なかったから。


.
.
.
.
大人になって気付いたことがある。

その時の山を越える涙の理由を、
私はまだ体験していない


と。

今のところ人生で1番泣いたのは
小学四年生の夏、あのヤドカリが死んだとき。


大人になった私は思う。
早めに越えとかんと、と。

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