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第21話 中道節

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2011年10月。

『RYOさん!提案があるんだけど』

ホテルの深夜バイトから帰宅し、パソコンを立ち上げるとASAMIさんからメールが届いていた。

『RYOさんと私の2人で掛け合いのような小説書いてみない?』

(それは面白いかもしれないな・・・)

僕は辻仁成さんの世界観が好きで、彼の小説や詩集を愛読している。その辻さんが以前江國香織さんとコラボした「恋するために生まれた」は楽しく読んだ記憶があった。

1章ごとにお互いが書き分け、お互いの恋愛論を評価したり、面白がったり・・・、そんな恋愛エッセイ的な内容だったように思う。

今回のASAMIさんからの提案で、僕は真っ先にその本の事を思い出した。

『ASAMIさん!それ面白いと思う。辻仁成と江國香織の「恋するために生まれた」読んだ事ある?あの世界観でいいならすぐにでもいけるよ』

『RYOさん、私それ読んだ事ない。RYOさんとは文体が似てるからちゃんとした小説みたいなのがいいなぁと私は思うんだけど。どう?』

『僕は小説は苦手だな。できればエッセイでの掛け合いでお互いの持論を展開し合うようなのがいいかな。ASAMIさんはエッセイじゃ嫌?』

『私は小説がいいかな。男と女それぞれが主人公で、それぞれの目線で1話ごとに交互に書いていく形。2人は遠距離で、そう、ちょうど今の私とRYOさんみたいな感じで互いにメールをやりとりする。そこにそれぞれの生活が絡み合っていくような』

『なるほど・・・、でも僕に書けるかな。あんまり自信ないけど』

『大丈夫!RYOさんのメールで私いつも励まされているから、RYOさんは無理に小説を書こうとは思わずに普段の書き味で書いてくれたらそれでいいと思う』

ASAMIさんに半ば強引に押し切られる形で、小説を書く事に決定した。今の僕は何もない闇の中で彷徨っているようなものだから、ちょっと息抜きにいいかもしれないと感じていた。

すぐにワイフにも報告する。

「前に話をしていた東京のASAMIさんから一緒に小説書かない?って誘われてね、小説書いてみる事にしたよ。文芸社に『新しい小説書けたら送ります!』と言ってたの結局書けてないし・・・。ASAMIさんは半分プロのような人だから何か吸収させてもらえたらいいかな」

「お!久しぶりに小説。いいやん。うまくいくといいね。」

こうして連載小説「LETTER」がスタートした。
媒体はアメーバブログ。もちろんブログカスタマイズを施してそれなりの装丁に仕上げた。

(その後この「LETTER」は、25話まで進んだ。ASAMIさんも僕もこのあたりから生活の色々な変化があり執筆が思うように進まなくなり、まだエンディングは迎えていない。長期にわたり休載しているけど、いずれ加筆して完成させる予定である。)

2011年10月10日。

僕は高畑泰司さんから連絡をもらい加古川のカフェにいた。以前お願いしていたギフトの件だった。

「中道さん、ちょっと謝らないといけないんだけど、あのブランドのだけは僕の方でも取り寄せが難しくて・・・。こっちのブランドだったらいけるんだけどどうかな?」

高畑さんはそう言うと、申し訳なさそうに大きな体を折り曲げて別のギフトカタログを差し出してきた。

「いや、無理なら全然いいですよ。こちらこそ探していただいてお手間取らせてしまってすみませんでした。そのカタログは預からせてください。プチウェディングの方と話をしてみますので」

ギフトの話が終わった後、高畑さんから意外な話を持ちかけられた。

「前回お話させていただいた時にもうブライダルはやらないような事言われていたけど、中道さんがやってみたい夢とかそういうの無いの?」

「もしもう一度ブライダルをするなら、今度はプロデュース業ではなくて自分の式場を持ってみたいという夢はありますよ。式場と言っても安いチャペルですけど。昨年、神戸でそういうチャペル運営の話があったんですよ。でも結局事業化はできなくて断念した経緯があるんです。でもその時に格安チャペルの事は色々調べてやってみたいなぁとは思っていました。でも先立つものが無いですから」

「その話なんですけど、中道さんがよければ僕の方でその中道さんの夢に出資させていただけませんか?僕は不動産のプロなので場所は色々探せます。チャペルの内容は中道さんに任せます。あれだけ活躍されてた人だからもう一度やるべきですよ。もちろん僕も商売としてビジネスとして考えていますので」

いきなりの話だった。
僕は一瞬躊躇はしたものの、わらにもすがるというか、これは迷うような事ではないと思い、高畑さんのそのご厚意に甘える事になった。

それから僕は高畑さんと二人で姫路、加古川、高砂など近隣の市の物件を見て回り、色んな話をした。
僕は急ピッチで自分の脳を揺り動かしながら、消えかけていたブライダルの灯をもう一度点灯させるべく、懸命に脳の修復をしていた。

僕のくそ真面目な性格がこういう時に良い方にでるのか悪い方にでるのかは、この時はまだわからなかった。

2011年11月。

格安チャペルの事を考えれば考えるほど、何より立地が重要な事に行きつく。郊外の色々な物件を見て回ったけど、僕の中でピンとくるものは全くなかった。

高畑さんからは、まずは安い物件でスタートすればいいんじゃないかと言われるんだけど、僕は中途半端にやると逆にダメで、思い切って高くても姫路の駅前で展開しないと勝てないと思うようになっていた。

どこでやろうがどんな形でやろうが相当な資金がかかる事は明白で、僕はその事業をして高畑さんにどれだけのお金を還元できるだろう、とお金の事を一番に考えていた。

毎年3千万円くらいは高畑さんに渡さなきゃいけない。そう考えると、最低これくらいは売れなければいけない・・・。

そう思えば思うほど、高額な駅前の一等地しか見えなくなってきていた。

2011年11月5日。

まだどこでするか、どうするかなど何も定まっていない中、僕は夢のチャペルの名称を考える事にした。先に名称を決め、イメージを創っていく事で会場探しを含めた全ての事業構想ができあがっていくように思ったから。

その名称はこれに決まった。

「姫路フィンランディア教会」

サブタイトルは、
「それは天使の奇蹟・・・。
感謝を伝える感動の結婚式がそこにあります。」

僕の中では妄想だけがどんどんふくらんでいき、ガンガンビジネスしていた頃の僕が戻ってきたような、そんな気持ちになっていた。

2011年11月11日。

僕は寝ても覚めても「フィンランディア教会」の事ばかり考えていた。このあたりから僕が自分で言うのもなんだけど、こだわりの「中道節」というやつがチラチラと顔をのぞかせはじめていた。

その日、僕は日記にこう綴った。

『すべてのものに王道というものはある。おそらくすべてのものの正解は王道なのだと思う。

王道という言葉を耳にすると、なにやら正統的なように感じるが、正統というよりはその道を極めるという方がわかりやすいかもしれない。

すべてのものに「道」という言葉をつけて物事を考えることが大切なんだ。

「道」という言葉をつけることにより、人間的な情の深さや、その仕事を通じての生き方・生き様みたいなものまでもが備わるように思う。

たとえば僕ならブライダルプロデューサーを主とする場合、「ブライダル道」を真摯に考え、まっとうする事でその仕事が生を帯びるのではないか。

ビジネスだから、つい企画力やプロモーション力に頭がいきがちになるが、本道を貫けば、少し遠回りであっても必ずや自分の望む結果がついてくるように思う。

すべては単純な仕組みのもと成り立っている。何もそれらを自ら複雑に構築して考える必要はないのかもしれない。

僕自身がブライダルというものと真摯に向き合った時、おのずと僕の進むべき「道」が遠い彼方に向かって作られていくように思う。

自分の目指す道とお客様が必要とする道が交わった時、それを王道と呼べるようになるんだろう。

王道というものは古くからすでにあるという概念のものではなくて、今の時代にマッチしたものを創造していくことで作られるものなのではないのだろうか。』

こうした僕らしい「中道節」はどんどんふくらんでいき、高畑さんの意思をある意味無視するような形で、僕なりの理屈だけが独り歩きをしていくようになっていた。

そうなると、せっかく高畑さんから妥協案を投げかけられても、「いや、それは違う」「それでは集客できない」「それでは勝てない」など、資金を援助してもらうはずの僕が主導権を握って持論を展開するようになってくる。

本末転倒である。

これでは高畑さんもいい気はしない。
でも僕はそんな事すらわからず、自分の持論に酔いしれていくのであった。

2011年11月24日

今日は結婚記念日。
水晶婚式と呼ばれる15年の節目の記念日だ。

浮き沈みのある僕の人生に付き合わせてしまった15年。ワイフがいてくれなかったら、たぶん僕自身持ちこたえられなかっただろう。

ワイフは僕にとって、夫婦という垣根を越えて大切な存在。でも、大喧嘩もすれば、もう離婚だー!なんて発狂する時もあった。それでもなんだかんだと夫婦生活を続けてきた。

どこの夫婦も大なり小なりそんなもんだろうと思う。

それでもここまでやってこれたのは、僕の人生にとって彼女が必要だから。そしてそれはこれからも。

そんな今日は、僕たち夫婦にとって最も大切な小曽根真さんのピアノを聴く。これまでの2人の歩みを思い出しながら。

叶うならば、いつまでもいい関係でありたい。

叶うならば・・・。


第22話につづく・・・

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