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第22話 クリスマスキャロルの頃に

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2011年11月27日。

少し体がだるく、今日は一日家でゆったりと過ごしていた。息子たちもプレステをしたり、3DSをしたり。

「僕もお兄ちゃんみたいに机が欲しい!」

いきなり次男が言うので、以前僕が使っていた折り畳みテーブルを納戸からだしてきて1階の和室にセットしてあげた。

机が欲しい理由は、先日子供会のビンゴゲームで当てた鉛筆削り器を置くところが欲しいから。ただそれだけの理由だ。

次男は本当に嬉しそうに椅子に座り、何度も何度も鉛筆を削っている。これだけ楽しそうな息子の顔を見ると、それだけで僕も幸せな気持ちになるものだ。

その日の夜、風邪が少しひどくなってきてたけど、自転車に乗り寒空の中アルバイト先のピアホテルへ向かった。

2011年11月28日。

朝、深夜バイトが終わり帰宅するも、少し熱もあるようで体は相変わらずのだるさの中にあった。

しかし今日は仕事の予定があり、晩ご飯のような朝ご飯を食べた僕はすぐに車で加古川の料亭へ向かった。ホームページのリニューアルの打合せだ。今、こういう売上は大事。体がだるいなんて言ってられないのである。

打合せはお昼に終わり、料亭の大将の配慮で先ほどホームページ用に撮影した料理をいただく事になった。ありがたい事である。ただ今日は体調が良くないので、大量のお刺身や天ぷらを前に必死に頂いていると、電話が鳴った。

電話の主は高畑さんで、今から会えないか?と。
たまたま加古川にいた事もあり、30分後にいつものカフェで会う事になった。風邪に熱で体は相当に辛い状態ではあったけれど、高畑さんとの話もまたとても大事なものであった。

カフェで待っていた高畑さんからはいつもの明るい空気はなかった。席につくなり神妙な顔で高畑さんが切り出した。

「中道さん、今回の出資の話なんだけど白紙に戻してくれない?」

「え?どうしたんですか?」

「中道さんには自分の夢や想いが強くある事はよくわかるんだけど、最近ちょっとひどくなってきてる。気持ちはわかるけど僕自身も資金が潤沢にある訳じゃない。中道さんの理想ばかりを聞いていると、何億あっても足りないよ。だから申し訳ないけど今の状態の中道さんとは組めないわ」

「そうですか・・・」

僕はそれ以上言葉がでてこなかった。
はっきりとダメ出しをされている自分を肯定も否定もできなかった。

僕はただ出資していただく以上、売上を上げて還元しなくちゃいけないと思っていた。そして売るためには売れる場所で売れる建物を作らなきゃいけないと。

そこに僕は妥協ができなかった。
でも実際にはその考えで相手に嫌な思いをさせてしまった。せっかく僕に手を差し伸べてくださっていたのに・・・。

姫路フィンランディア教会という新しい夢はこうしてあっさりと消えていった。
僕は何とも言えない自己嫌悪の中、帰路についた。

帰宅すると、ワイフがばたばたと実家との往復をしていた。数か月前から義母の痴呆が悪化してきていてお世話をする皆が振り回されている状況で、ワイフも相当に疲れがたまってきているようだった。

その日の夜、ワイフと3時間ほど話をする。親が悪くなると色々なところに歪みがでてくるのは仕方なく、僕ができる事はワイフのストレスを少しでも軽くする事くらいしかないように思えた。

結局この日は、高畑さんから断られた話をワイフにする事もなく夜が更けていった。

2011年11月29日。

朝から熱でぼーっとしている。
でも珈琲が飲めるんだからそんなに重症でもないのかもしれない。ただ、気力は確実に蝕まれているように感じていた。

ワイフは朝から実家に行っている。
僕は静かな誰もいない家で自分自身と向き合った。

人生、色んなことが起こるものだ。
そしてついつい誰かを恨んだり、何かのせいにしてしまう。自分が悪い事は百もわかってるんだけど、どこかで自分を正当化する。

それが楽だから。

確かに正当化する以外に自分を自分で守ってやれる術はないんだけど、たぶんそれでは何も解決しない。それ相応の痛みと辛さを自分自身が感じなきゃ、次への一歩が踏み出せない。

どういう要因があったにしろ、自分が悪いのである。

まずは自分を否定し、自分に腹を立て、自分自身を嘆く事。それはとても辛く苦しい事だけれど、人生の谷に落ちた時、そこから這いあがらなきゃいけない訳で、自分を追い込んで、苦しめて、もがかなきゃいけないと思った。

そんな風にもがいて這いあがった先にこそ、僕自身が求めているものが待っているはずだ、と信じて。

2011年12月。

この地に居を構えて3年になる。
僕自身の生活は大きく変化したが、変化しないものもある。

それは毎晩6時に食卓に並ぶワイフの晩ご飯。5時40分に炊飯器からでるご飯の湯気の音、そして匂い。
家の前を流れる川もまたその表情は変わらず、夕方になるとその川にかかった橋をわたり息子たちが元気に帰ってくる。

当たり前の毎日、平凡な毎日。
それがどれだけ幸せなのか、今になって僕はようやく気付かされたようだ。

さて、今年の秋は5歳の次男坊初めての幼稚園の運動会もあった。

2歳違いの長男から3年連続での幼稚園の運動会。小学校と違ってやっぱり幼稚園はすべてが可愛いくていいものだ。

両手を目いっぱい上げて行進する次男坊。
「へぇ~ちゃんと歩けてるじゃないか!」と、成長を実感する。
本人が「頑張る!」と言ってた40mの徒競走はビリっけつ。でもそんなビリっけつの息子を観戦するのも、また楽しいもので。

プログラム最後は全園児で踊るマルモリダンス。
毎晩毎晩お風呂上がりに一生懸命練習していたのをそばで見てたから、本番で踊っている次男坊を見ると自然と涙があふれてきた。

僕はまだ暗闇の中を迷子のように彷徨っているだけだけど、子供たちはちゃんと成長しているんだと勇気づけられるようだった。

2011年12月16日。

神戸に来た。

12月の白い空気の中に、クリスマスイルミネーションが輝く。僕はそんなクリスマスが最も似合う街を久々に歩いている。

20年前の学生時代、僕はこの街に住んでいた。

世はバブル真っただ中。ゴージャスなクリスマスがこの街に溶け込んでいた。
恋に生きてたあの頃、そして未来に大きな夢を描いていたあの頃・・・。

ウェブの仕事を終えた僕は、そんなあの頃を思い出しながらいつものジャズカフェBLUEに向かった。
扉を押すと、50年代のモダンジャズが響く。ブチブチ・・・とノイズまじりのLPレコードの音色が最高に心地いい。

12月、クリスマス、恋人たち、そしてジャズ・・・。
何歳になってもこの街の空気はロマンチックだ。

今の自分はあの頃に思い描いていたような自分にはなれていないなぁって、しみじみと思う。

それでも僕は今の自分が案外と嫌いじゃない。
僕は不器用だから失敗も多いけど、そんな失敗も全て真正面から受け止めて、いつも逃げずに精一杯立ち向かって生きているから。

人生、まだまだ夢の途中。
希望の街「神戸」で僕は少し元気をもらったような気がした。

2011年12月17日。

サンタクロース村に申し込むとフィンランドからサンタの手紙が届く。2007年、僕たち夫婦はその手紙を申し込んだ。まだ長男が3歳次男が1歳の時だ。

その時はまだ小さくて理解できていなかったから、息子たちは僕たち夫婦が想像するような反応ではなかった。

あれから4年がたち、長男は7歳、次男は5歳になった。

先日、あるテレビ番組でフィンランドのサンタクロースが紹介された時、驚いたように長男が言った。

「パパ!!あのサンタ、ほんもの??」

僕は少し驚いた。
もう長男はサンタが実在しない事をわかってると思ってたから。

そんな長男にワイフが言う。
「そうそう、そう言えば、昔サンタさんから手紙きた事あるのよ」

すると息子は、
「えぇぇ!!うそ!!見せて見せて!!」

僕たち夫婦は2007年の手紙を息子に見せた。
あの頃はそんなに反応がよくなかったのに、今回は満面の笑みでその手紙を読んでいる。

あぁ・・・そうか、今なのか。

「今年は、もらえないの?」と長男が言うので、僕は思わず「いや、今年はお願いしたから、きっと届くと思うよ」と言ってしまった。

次の日、僕は早速「サンタクロースからの手紙」の公式サイトを訪れた。でも、あいにく12月7日で予約受付は終了していた。

ならば作ってしまえ!と、僕は2007年の手紙をもとに同じようなデザインで封筒と手紙を作る事にした。
こういうのは得意だ。なんてったってウェブデザイナーなんだから。

手紙の文章は、過去のサンタさんの手紙から流用しつつ自分の言葉も入れていく。もちろん、長男用と次男用は違う文章にした。

封筒にはフィンランドの切手もダウンロードして貼り付けたから、結構本格的に仕上がった。

2011年12月24日。

朝、僕は自作した「サンタクロースからの手紙」を我が家のポストに入れた。

リビングでゆったり珈琲を飲んでいると、しばらくしてバタバタと息子たち2人が階段を駆け下りてくる。

「パパ!サンタさんから手紙来てた?」

「まだポスト見てないから見てきてごらん?」

2人は先を争うように玄関の外へ。
ガチャガチャとポストを強引に開ける音がする。

「パパ~~!!」

キラキラと輝く2人の笑顔。
さぁ、今夜はクリスマスイブだ。


第23話につづく・・・


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