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第10話 決意の瞬間

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2010年1月17日。

今日は阪神淡路大震災の日。
多くのテレビ番組で追悼の様子が映し出されている。

僕は車で舞子へと向かっていた。
昨夜、先日北野で会った春本香織からメールがきた。

「明日、出てこれない?紹介したい人いるんだけど。今、ウェブデザインの仕事してるんでしょ?その仕事の紹介」

(急だけど明日は空いてますか?とか聞いてくるのが普通だろ。ほんと勝手なやつ・・・)

そんな事を思うも、予定はしっかり空いてるので、今、こうして舞子に向かっているわけだ。待ち合わせ場所は、先日、香織ちゃんが来月で店じまいをすると言ってたブランジェール。多国籍料理のレストランだ。

ここのオーナー古田和樹とは姫路のステーキ屋の社長からの紹介で知り合った。古田さんは飲食業の他にも不動産業など手広く事業をされていて、その昔、何度か仕事をいただいた経緯がある。

まだ前会社のオードリーウェディングを立ち上げたばかりで全く軌道にも乗っていない頃、ギフトの注文や会社制服の注文をいただいたりした。生活のためにあらゆる注文を聞いていた頃だ。

僕は元百貨店人だから、どんな注文を受けてもそれなりの仕入れルートがあって、生きていく上でおおいに利用させていただいたものだ。

中でも制服の注文はありがたかった。
女子従業員のジャケット、ブラウス、パンツの一式で売価約5万円。既製品ではそんなに儲からないので、知り合いの工場にオーダー依頼。安価な生地を見繕い、型紙はどこかのブランドのものを流用すれば、1万円で一式を作る事ができた。

従業員が30名だと、4万円×30名で120万円の利益だ。オードリーウェディングが軌道にのるまでは、そんな商売もしながら生計をたてていた。

話は戻るが、古田さんからは様々な仕事の注文をいただいてた間柄で、当時はよくこのブランジェールで空き時間を過ごしていた。

春本香織と出会ったのはまさにその頃で、彼女もまたこのブランジェールを商談の場として使っていた。

国道2号線から少し北にあがり山の手を進んでいくと、大きなセブンイレブンができていた。

(わ、ここセブンイレブンになってる。前なんだったっけ?)

そんな事を思いながら走ってると、目の前に懐かしい景色が見えてきた。幾分錆びれたように見える看板が神戸らしい風情に溢れてて、来月閉まる店とは思えない独特のいい雰囲気を醸し出している。

ブランジェールに入るのは何年ぶりだろう。
懐かしい匂いを感じながら、店に入った。

「中道さーん!こっちこっち!」

奥のVIP席(僕たちが勝手にVIP席と呼んでる窓からの景色がキレイなテーブル席)から春本香織が手を振っていた。

「こちら、芦屋の駅前でエステサロンをしている恩田彩さん」

薄いベージュのパンツスーツに少し巻いたロングヘア。ジャケットの袖を肘までまくり、いかにも仕事がデキル女性って感じ。歳は40代くらいだろうか。

「そしてこっちが、40歳にして住所不定無職になったあわれなおじ様」

「うるさい!住所はあります。そしてあわれでも何でもありません」

香織ちゃん曰く、恩田さんはエステ業界では雑誌にも載る有名な人らしく、今回新たなブランドを立ち上げるのでホームページを新調するという事。ありがたい紹介なのである。

ただ、恩田さんはキラキラしていて今を生きる女性の代表のような感じの人だから僕なんかが関わっていいんだろうかと少しひけめを感じながら話をしていた。

珈琲を飲みながらしばらく3人で時間を過ごした。

僕は、ひょっとしたらブランジェールに来るのはこれが最後かもしれないと感じていたので、カウンターの向こうに古田さんを探した。でも今日は姿がなかった。

結局僕がこの店に来る時って、仕事が無い時というか、うまくいってない時というか、そういう人生のマイナスの時。そんな風に思うと、ここが無くなるという事がとても切なくて寂しく感じた。

その時だった。

「中道さん!?」

僕を呼ぶ声がした。
振り返ると、そこには懐かしい顔。

「美香ちゃん!」

彼女の名は、小山美香。
フリーのメイクアップアーティスト。もう10年ぶりくらいになるのかな。僕の前会社オードリーウェディングの更に前の会社であるカウスボレアーリス時代に一緒に仕事をしていた女性だ。

まだ僕が百貨店に勤めていた時に、副業としてカウスボレアーリスというブライダルプロデュース会社を立ち上げていた。当時は、司会者、美容師、お花など全て神戸のスタッフでチームを作り上げてて、美香ちゃんはその時のメイン美容師。

あまりの懐かしさに呆然とするとともに、何でまたこんなところで旧知の友人と会うのかと世間の狭さを痛感した。

春本香織と恩田さんには状況を説明し、恩田さんとはまた会う約束をして僕は小山美香のテーブルへ移動した。

「美香ちゃん、久しぶりだね。何してるのよ?」

「さっきまでここでこの子のママ友とお茶してたの」

そう言う彼女の横には僕の息子と同じ歳くらいのお嬢ちゃんがいた。

「鈴江さん、元気にしてます?」

「あぁ、元気にしてるよ。でもね僕が失敗しちゃったから、今はちょっと大変なんだけどね・・・」

「オードリーウェディング失敗したんですか?」

「いや、オードリーウェディングはまだちゃんとあるんだけど、僕だけが辞める事になってね。今はフリーター(笑)」

「えーー!中道さんの人生も相変わらず波乱にとんでますね(笑)」

それからしばらく小山美香との話は、当時のカウスボレアーリスの話になった。あの頃にプロデュースした結婚式のこと、立ち上げ当初で色々悩んでたこと・・・。

彼女と初めて一緒にした仕事は、佐用のパールの丘という施設での結婚式。雪が降る寒い日だった。ワイフと小山美香が新婦様のドレスの裾を持って雪の中を歩いているシーンを今でも鮮明に思い出す。彼女もあの日の事は忘れられないようだ。

カウスボレアーリスは、百貨店を脱サラして独立するために立ち上げたプロデュース会社で、僕にとっては夢と情熱の結晶のような会社だった。

だからあの当時の話をすると、自然と闘志がわいてくるというか、キラキラした想いが蘇ってくるのだ。

瀕死の状態でふらふらしている今の僕にとって、カウスボレアーリス時代の話は自分を奮い立たせるには絶好の話題のように思えた。ここで偶然、小山美香に出会うというのも、何かしら神様の贈り物のように感じた。

今はリヴェラデザインとして、プチウェディングのコンサルをしながらデザインの仕事を本業にしようとしてるけど、やっぱり僕にはブライダルなのかな・・・。

小山美香との偶然の再会は、僕に再びブライダルへの意欲を持たせてくれる時間になった。

ーーー その日の夕方。

僕はプチウェディングの事務所にいた。
事務所と言っても夜はバー営業をしているお店。だからここを使えるのは夜営業が始まるまで。

そこで、鷲尾響子と会う約束をしていた。

カランカラン。
扉が開き、事務所(バー)に入ってきた彼女は、想像してたよりも背が高い印象だ。

バーだから間接照明だけの薄暗い店内。
仕事の商談にしてはかなり異質な場所だろう。ドギマギした彼女の表情から、それが汲み取れた。

名刺なんてないから口頭で挨拶を交わし、薄暗い中でも一番明るそうな照明下のカウンターに案内した。

清楚で可愛いらしくピュアで明るい、それが彼女の第一印象。年齢は27歳。ちなみに僕の第一印象は怖い人。(数年後に聞いた話だけど)

(この頃の僕は、オールバックのリーゼント、あご髭に、シルバーアクセサリー。そんな僕が薄暗いバーにいたら、どう見ても夜の人にしか見えなかっただろう)

僕は、オードリーウェディング時代にジャバンティの磯山店長と出会ったこと、今はそこを辞め、このバーのオーナーの神谷さんに声をかけていただき、プチウェディングを立ち上げたことを説明した。

「また今度紹介するけど、山下洋子という鷲尾さんよりちょっと歳上の女性がプランナーでね、僕は裏方。今は司会者、音響、カメラマンは決まってる。皆、大手のゲストハウスでバリバリやってる人たち。そこで鷲尾さんには、プチウェディングのメインの美容師をやって欲しくて。もちろん磯山さんとこの仕事を優先してくれたらいいから」

彼女は快く引き受けてくれた。

「鷲尾さんは、まだ若いけどこれからどうするとか考えてるの?」

「今はまだまだ姫路で勉強の日々ですけど、いずれは大阪に自分の店をだしたいんです。」

「へぇ、そんな野望あるんだ。スゴイ!」

「私がしたい事は大阪まで行かないと需要がないから。で、そこで一生懸命頑張って、最終的には東京に行きたいと思ってるんです!」

僕は驚いた。
ブライダルビジネスを生業にしている人は、特有の匂いがあるものなんだけど、鷲尾響子にはその匂いは全くない。

僕は彼女のような人を待っていたのかもしれないと直感で思った。

「いいね!鷲尾さんと話してると元気でる。僕も、もう一度夢見て頑張ってみるか!」

「一緒に頑張りましょうよ!」

薄暗いバーの一室で、僕は溢れんばかりの希望の光を感じた。

鷲尾響子は僕を変えてくれる人かもしれない。

彼女との出会いは、僕に鮮烈な印象を残した。
そして、どん底のここからもう一度這い上がってみようと強く決意した瞬間でもあった。


第11話につづく・・・




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