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第15話 僕と家族の未来

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2010年3月20日

眩いばかりの朝陽がカーテンの隙間から差し込む。
昨夜プチウェディングから帰宅してから神戸北野のブライダルプロデュースの事を考えてると眠れなくて、気がつけば朝になっていた。

立ち上げ費用や広告宣伝費用など現実的な問題もあるんだけど、僕の中でそこはあまり重要ではなかった。
それよりも北野という場所での戦い方がどうしてもピンとこない。そこが一番の問題だった。

本音を言うと、勝つ自信が持てなかった。

ひと晩悩んではいたけど、もう僕の気持ちは固まっているようだった。断るならば、あまり先延ばしにしない方がいいだろう。

(情けないけど、今の僕はまだ走れる状態じゃない。もう少し体力をつけなきゃ・・・)

僕は朝一番にブライトリングの岩崎さんとロフォンデの石田支配人にメールをした。

岩崎さんは忙しそうな感じだったけど、石田支配人は今日大丈夫という返事だったので、僕はすぐに神戸に向かうことにした。

ランチ営業前の10時30分にロフォンデに着いた。石田支配人の顔を見るや、僕は深々と頭を下げた。

「石田支配人、申し訳ありません。今回いただいた北野でのブライダルプロデュースの話、あきらめる事にしました」

「そうなんですか。それは残念。中道さん、これから何か他の事業をするの?」

「いえいえ、今回のお話は僕にとっては夢のような話で本当にありがたかったんですけど、じっくり考えれば考えるほど今の僕にはこの北野で勝負するにはまだ力不足だなという結論になって・・・。すみません」

「中道さんはホント真面目な人だね。わかりました。でもこれから何でも協力できる事あったら言ってね。応援してるから!」

石田支配人には、ただただ頭を下げるしかなかった。ロフォンデを出た僕は気がついたら異人館萌黄の館の前にいた。

(この数ヶ月、色々あったなぁ・・・)

夢を見て、嬉しくなって、ワクワクして、でも悩んで、落ち込んで、嫌になって。つくづく情けない男だと痛感したこの数ヶ月だった。

萌黄の館前のベンチでいつものように缶コーヒーを飲み、そろそろ帰ろうかと思った時、電話が鳴った。ドレスショップホワイトルームの松田さんからだった。

「中道さん!今日北野来てるの?会えない?」

(いつもの事だけど、僕は色んなところで発見されてるなぁ。背高いと目立つのかな)

ホワイトルームの店内に入ると、松田さんがニコニコして飛んできた。

「昨日夙川のイタリアンレストラン『イゾーラ』で打合せしてたら専属のプロデュース会社を変えるようで、いいプロデュース会社あったら紹介してほしいって言われてね。パッと中道さんの顔が浮かんだのよ。今日電話しようと思ってたらうちのスタッフが中道さん歩いてたって言うから。北野は仕事で?」

内緒にする事でもないので、僕はこれまでの経緯を簡単に松田さんに説明した。

「え!そうやったの!僕が中道さんと初めて出会ったのはオードリーウェディングの立ち上げで中道さんが夢を語りまくってた時やったよね。その中道さんがオードリーウェディングを辞めたと聞いても全然ピンとこないわぁ。じゃ、これからどうするの?」

「まだ全くの白紙。今は毎日の飯を食うためと借金返済のためにやれる事は何でもやってる状態かな」

「じゃこのイゾーラの話、どう?悪くないと思うんだけど」

少し渋る僕を松田さんが強引に引っ張るような感じで、来週イゾーラに行く事になった。

すぐに断るべきだと思いながらも心のどこかにまだ可能性があるんじゃないかと期待する自分もいて、僕はとても複雑な気持ちの中にいた。

神戸から帰宅した僕はすぐにブライトリングの岩崎さんへメールを書いた。
かなりの長文になったが、今の僕は北野という場所で戦う自信が無いという事をありのままの素直な自分の言葉で伝えた。

後日、岩崎さんから返信が届いた。
結局この件について岩崎さんとはこのメールのやりとりを最後に、しばらく会う事はなかった。

週明けの月曜日。
姫路マンハッタンホテルの深夜バイトが終わり、一度帰宅してから車で神戸の夙川へ向かった。

たまに来る夙川は、その都度微妙に表情を変えているように感じた。

イゾーラに着き、駐車場から螺旋の階段を降りるとモダンですっきりしたモノトーンのエントランスが出迎えてくれた。

(わぁ、さすが神戸やなぁ!このオシャレ感は姫路には無いなぁ)

あまりのオシャレさにうっとりしながら店内に入ると、女性スタッフがガラス扉で仕切られた個室に案内してくれた。

店そのものは地下にあり、空から差し込む光が滝のように水が流れている壁に反射し、その一面にツタのようなものが絡まっていて、とてもステキな非日常空間が演出されていた。

しばらくすると、真っ黒の細身のスーツを着た短髪で爽やかな男性が現れた。年齢は僕と同じ40代くらいだろうか。
代表取締役鈴木雅哉という名刺をいただいた。

(この若さでこの見た目でこの店の代表かぁ。カッコいいな。やり手なんだろうなぁ)

鈴木さんからこれまでの経緯とイゾーラのウェディングコンセプトを聞く。申し分の無い会場だった。
僕と鈴木さんは同年代ということもあり、すぐに意気投合した。すごく気が合って話が尽きる事はなかった。

今回もまた新しいコンセプトのレストランと出会い、少しのワクワクが僕の心を踊りたたせてくれていた。そして新しい人との出会いは新しいビジネスの創造をかりたててくれるものでありがたい気持ちでいっぱいになった。

世間はこんな情けない僕に色んな仕事のチャンスを与えてくれようとする。もう一度表舞台へ引っ張りあげようとしてくれるその優しさには感謝しかなかった。

ただ、今の僕は先週ロフォンデとランブルームのお話をお断りしたばかり。まだまだ次の事業スタイルを模索しているところだ。

僕はオードリーウェディングを失った事で「家族」の大切さを改めて実感し、ビジネスというもののある意味薄っぺらい儚さを痛感していた。

今は自分自身と対峙し、人生そのものを見直している。人生折り返し地点の40代。
次に僕がコレだと決めたものが、おそらく最後の選択になるであろうと感じていた。

鈴木さんの計らいでイゾーラのランチをいただきながらの打合せは仕事の話から人生談義になっていた。

鈴木さんと別れた後、僕は北野のドレスショップホワイトルームの松田さんのところに向かった。

「中道さん!イゾーラどうでした?」

「めちゃめちゃ良かったですよ。オーナーの鈴木さんもいい人だったし」

「鈴木社長は絶対に中道さんと合うと思ってましたよ!で、どうするの?」

「まだわかんない。あまりにオシャレで良すぎたからまだビックリしてる感じかな。今やってるプロデュース会社との契約期限がもう少しあるようだから、その間ちょっとゆっくり考えさせてもらう事にしました。松田さん、いい人紹介してくれてありがとう。ほんまに感謝」

「いやいや、中道さんは元気に飛び回ってないと、らしくないよ。イゾーラやる事になったらうちのドレス使ってよ(笑)」

ホワイトルームを出る頃にはもう18時をまわっていた。高速道路を西へ向かっていると眼前の山裾から赤白い夕陽が広がってくる。神戸の汐風と夕陽がまとわりついて独特の光を発しているんだ。

除々にライトがつき始め、ネオンの波の中を走ってるような感じになる。僕は右へ左へとレーンチェンジを繰り返しながらアクセルを踏み込んでゆく。夕暮れの高速道路を走るのは何とも気持ちがいいもんだ。

カーステレオからは、クオシモードの「モード・オブ・ブルー」。和製ジャズバンドがカヴァーするブルーノート・クラシックス。

パーカッシヴでグルーヴィなサウンドが、なぜか牧歌的な夕空と合うんだな。そしてその情景にある種の想像力がプラスされていき、僕はついさっきのビジネスの話や今している仕事のことを混ぜ合わせながら新しい何かをイメージし、模索していく。

ジャズは「スイングしなけりゃ意味がない」だけど、ビジネスは「創造しなけりゃ意味がない」だな。 

帰宅して晩ご飯を食べた後すぐに2階の仕事部屋に入る。ブライダル脳からデザイン脳に脳みそを切り替え、エステサロンのウェブデザイン制作に取り掛かった。

BGMはウエスモンゴメリーの比較的穏やかな名盤「A DAY IN THE LIFE」をチョイス。ジャケットのタバコが何ともジャジィな感じで好きだ。

僕の愛聴は「男が女を愛するとき」

この曲は、僕とワイフの結婚披露宴のキャンドルサービスのBGMで使用した想い出の曲なんだ。もちろん披露宴で使用したのはオリジナルのパーシー・スレッジのものなんだけど。

こうしてウエスのカバーを聴くと、心が和む。

両家に反対されて決して順風満帆ではなかった僕たちの結婚。当時は大変だったな。
でも結婚14年が過ぎ、今ではあたたく支援してくれる両家。ありがたいことだなと感謝の気持ちでいっぱいになる。

そしてこの曲を聴きながら、こんなことも思う。

(僕はワイフを上手に愛せてるのだろうか・・・)

次の日の夜。
今夜はホテルの深夜バイトは無い。プチウェディングの事務所を出た僕は独り魚町のバーに入った。

バーカウンターに座り色んな事を考えてた。

バーテンダーが先週の店の休みにサントリー山崎蒸留所に行ってきたんだ、と言ってそこでしか売られていないボトルをくれた。

少しの間、山崎蒸留所の話で盛り上がった後、僕は久々にオーバンを頼んだ。なめらかな舌触りの後にくるガツンとした強烈な辛さのバランスが人生そのものを映し出しているようで、僕は好きなんだ。

ハイランド西部のこの酒は、タリスカー同様僕の人生にとって大切な酒。このオーバンのラベルを見てるだけで人生踏みとどまれているような・・・。

焦らないでいいのかもしれない。

自分の未来、そして家族の未来。
自分を見失わず、ゆっくりと探していこう。

僕はオーバンの入ったオールドファッションドグラスを両手でかかえこむように握りしめた。

バーを出ると伊集院静の小説にでもでてくるような美しい受け月が夜空に輝いていた。姫路駅へと向かう僕の千鳥足をそんな美しい受け月がやさしく照らしてくれているようだった。



第16話につづく・・・



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