見出し画像

第11話 体内時計

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

AM6:00
徹夜明けの朝。

イイのができたんじゃないかな。
ちょっと自己満足しながら、珈琲を一杯。

カーテンをあけると、眩く陽がさしこんでくる。
椅子の背もたれに背を押しつけ腕を上げ大きく伸びをする。とても気持ちいい。いや、自己満足に浸っている時は清々しいと言う方が合ってるかもしれない。

ホテルでの深夜バイトが無い日は、昼間はブライダルのコンサル、夜にデザインワークをするのが僕の時間軸になってきている。

ウェブデザインの仕事は質・量・時間で簡単にはかれるものではない。頭にアイデアが浮かべばしめたものだけど、浮かばなければとことんダメで、いつも時間ばかりが過ぎていく。そんな仕事だ。

あぁぁって頭をかきむしりながら自分と格闘する。

でもデザインは単にキレイから売れるというものでもなくて、そこに人の想いや情熱みたいな感情が大事だったりする。

作り手の想いが強ければ強いほど、不思議とそれは見る人に伝わるものなんだ。

頭をかきむしりながら天を仰ぐとお世話になってるクライアント様の顔が浮かんでくる。悩んでる社長の顔、そして夢をもって頑張ってる従業員の顔・・。

僕にできる仕事は、そんなクライアント様の想いをカタチにし幸せになってもらうことだから、さらに必死に頭をかきむしる。

そうして完成したウェブサイト。
仕上げのレシピに僕の愛を注入し、売れるまじないを処方する。

社長、喜んでくれるかな・・・

『できたぞ~』
すぐに岸田君にメールをうつ。

『いいですね!これまでの中道さんのデザインの中で一番いいんじゃないですか!僕これ結構好きです』

何時であろうがすぐに返事がくる岸田君。仕事のパートナーとしては一級品である。
そんな岸田君が珍しく褒めてくれたものだから、僕もとしても嬉しい訳で。

『いいやろ。これでひとまず社長に見てもらうわ。また連絡するね』

『雪野フーズ御中 村上社長 殿

お世話になっております。
村上社長 ホームページ完成しました!
下記アドレスにてテストページをアップしています。
ご確認お願いします。
明日の15時にはお伺いできると思います。
よろしくお願いします。

リヴェラデザイン 中道 亮』

僕はクライアント様にメールを送った後、少し仮眠をとることにした。
今日はプチウェディングでの新規接客が11時からだから2時間くらいは寝れそうだ。

AM8:00
ジリジリジリジリ・・・、さっき目を閉じたと思ったところなのに容赦はない。

ふらつく足で1階におり、まず朝シャン(もう死語か・・・)。
風呂からあがるとワイフが特製カレーを用意してくれている。朝からカレーかと思われるかもしれないけど、この頃の僕は時間軸が無茶苦茶で。

ご飯を食べ終わり玄関先に出ると強烈に寒い。
まだ1月、真冬だ。手をはぁはぁと口からの息で温めながら、スポーツウェアの上に厚手のダウンジャケットを羽織る。
そして大きな黒のバックパックを背負い、クロスバイクにまたがる。

大失敗して大借金中の僕は、電車通勤代は身分不相応と切り詰め、自転車通勤に切り替えたんだ。ちょうどいいタイミングで甥っ子が使わなくなったスペシャライズドの真っ赤のクロスバイクがあり、しばらくの間借りる事にしたのである。

僕の住まいの網干から姫路までは約13キロ。自転車で約40分くらい。まぁまぁの体力勝負だ。

しんどい事はわかってるんだけど、これも罪滅ぼしのような気がして僕はあえて自転車通勤に切り替えた。

ワイフに、バックパックの持ち手のループしてるところにガーメントバック(ビジネススーツやネクタイ、靴を入れるカバーのようなもの)を引っかけて吊るしてもらう。スポーツウェアで自転車に乗り、向こうに着いたらスーツに着替えるので、なかなかの重装備なのである。

「じゃ行ってきます!今日はプチウェディングで仕事した後、そのまま深夜のホテルバイトに入るね。明日は15時から雪野フーズに行かないといけないから、それまでには帰ってくる」

そう言って、僕は意気揚々と出発する。
イヤホンからはsuperflyのプレシャスタイム。忙しいんだけど、自転車にまたがってると何かこう時間がゆったり流れてるように感じた。

オードリーウェディングの時の仕事に追われたストレスが一切無く、久しぶりに味わう自由な感じ。僕はこの自転車通勤でそんな開放感を楽しんでいた。

家をでて東へ。住宅街の狭い道を抜けていく。
主婦の店を通過してさらに住宅街を進んでいくとイオン大津にでる。ここからは415号線の大通りへ。
しばらく進むとスギ薬局が見えてくる。さぁここから京見橋への登り坂だ。ギアをひとつ落とし一気に駆け上がる。
だんだんと慣れてはきたけれど、最初はハァハァ息切れしてたものだ。

京見橋に差し掛かると、夢前川を伝う風がかなり強い。真冬の風は骨身に染みる。

僕は橋のちょうど中間のあたりで自転車を止める。
ここからは一気に下り坂になるんだけど、軽快に下ってる途中で赤信号に引っかかりたくないから、全て青信号で行けるタイミングをはかるんだ。

自分の中のGOの合図で一気に加速して京見橋から英賀保街道へと下っていく。
どんなに寒くても下り坂は最高なのである。

ひゃっほー!

セブンイレブンを過ぎると、僕とワイフが新婚時代に8年間住んでたマンションが見えてくる。
いつ通っても懐かしい。住んでたのは百貨店勤務の頃で、まさかそれからの人生がこんな無茶苦茶になろうとは。

英賀保駅を過ぎ英賀保街道を延々まっすぐ東へ。
このあたりは、だんだんと歩道が狭くなり大型トラックが横を通るとおっかない。左側はJRの電車が通過していく。

姫路市民プールが見えてくると、なんとなく姫路中心部に入った気持ちになる。もう少しだ。

文化センター前通りに入る。
次の大きな交差点を北に折れ、姫路港線に。イオンタウンを過ぎると、ようやく目的地の魚町に到着だ。

AM10:00
プチウェディングの事務所奥でスポーツウェアからスーツに着替える。事務所ではすでにプランナーの山下洋子が接客の準備をしている。

彼女の笑顔を見ると心が和む。
やはり彼女はプランナーという職業に合ってるなぁと改めて思う。

AM11:00
新郎新婦様ご来店。

PM2:00
いつものごとく長い接客が終了。今春、姫路の老舗フレンチ「グランメゾン姫路」でのレストランウェディングで無事ご成約。

接客後、山下洋子に今後の流れを指示だけすると、僕はプチウェディングの事務所を借りて、リヴェラデザインの新しい仕事に取り掛かった。

通販サイトを始める事にしたんだ。
自社商品も何もなくても始められるドロップシッピングというやつだ。

ドロップシッピングという存在を知った瞬間にビビッときて、いつものごとく採算を検討する前に足を踏み出してしまったから先行きの不安はまぬがれないけど、これまたいつものごとく楽観的である。
そしていつものごとく、猪突猛進の自分がいて面白い。

『創造的能力によって得られたアイデアは理論よりも信頼できる。なぜならそれは「知識の源泉」から得たものだからだ。』
これはナポレオンヒルのベストセラー「ゴールデンルール」からの一節。

人生、いろんな選択肢があるようで、実は一本の川の流れであったりする。僕が経験してきたことがベースになって新しい構想が生まれてくる訳で、実はそれこそが必然であるんじゃないかと。
僕は自分の事業感に賭けてみようと思った。

まずは天然石の通販からスタートする事にした。
で、早速通販サイトの制作に入った。

新しい事は楽しい。
前を向いて歩いてる感じがするから。もし間違っていればまた歩き直せばいいだけだし。

作業に没頭してるとあっという間に夜。
もうホテルのバイト時間だ。慌てて自転車に乗り姫路マンハッタンホテルへ向かう。

PM9:50
バタバタとホテルに入り制服に着替える。ギリギリセーフでタイムカードを押す。

(今夜のシフトは林さんとか)

林さんは年下だけど、とても気が合うバイトの先輩だから林さんと入る日は嬉しいんだ。

AM9:00
ホテルの深夜バイト終了。

制服から再びスポーツウェアに着替え、自転車で自宅へ40分の旅路。イヤホンからはsuperflyのプレシャスタイム。スマホの1曲目がプレシャスタイムだから、いつも僕の自転車タイムはこの曲から。

京見橋からの下り坂を楽しみながら往路の逆を走る。
右側にTSUTAYA、左側にイオン大津が見えてくると網干に帰ってきた気持ちになる。

AM10:00
帰宅。ワイフ手作りの夜ご飯のような豪勢な朝ご飯がお出迎えだ。

食後すぐに仕事部屋にこもる。
昨夜作業してた通販サイトの制作の続きにとりかかる。何か夢があってすごく楽しい。

PM2:00
デザインワークに没頭してるとあっという間に次の仕事の時間だ。

紺の厚手タートルと黒のデニムに着替え、車に飛び乗る。雪野フーズは僕の自宅から車で30分のところにある。
ホテルへの通勤は自転車にしたけど、通常営業は車だ。

PM3:00
雪野フーズで打合せ。

「やっぱり中道さんセンスいい!さすがね!私、このトップページすごく好き」

仕事はお客様に喜んでいただけてなんぼ。
雪野フーズの社長夫人が喜んでくれて、僕もようやくやれやれとひと息。

PM5:00
雪野フーズの駐車場をでてすぐに岸田君に電話する。

「雪野フーズ、OKでたよ。今夜中に本アップよろしく!」

「一発OKですか!さすがですね。了解です」

PM6:00
帰宅。すぐに仕事部屋に入り通販サイトの制作にかかろうと思ったら、「もうそろそろ晩ご飯準備するよ」とワイフ。

昼も夜も仕事をしていると、時折体内時計がおかしくなる。サイト制作の要所だけ簡単に済ませ、今日はちょっと早いけど仕事を切り上げる事にした。

個人事業は休む事に変に恐怖心を抱いたりしてしまうものだけど、一杯ひっかけちゃえばそれで済む。
簡単なことだ。

まだ自然光がうっすらとキッチンに差し込んでいる時間帯。

まずはおつまみ作りからスタートだ。
大きなイカを取り出して、コンロの火であぶるとイイ香りが部屋中を包みこむ。

そして足を割いていきながら、皿に盛っていく。
マヨネーズをつければ出来上がりだ。なくなりかけてたマヨネーズを逆さにして絞り出す。

(マヨネーズ、何とかギリ足りるかな・・)

まだウイスキーは早いから、カクテルにしよう。
棚の奥にしまい込んだヴァランタインに義姉からもらったカンパリ。そしてグレープフルーツジュースとトニックウォーターをステアして、スプモーニを作った。

左の奥歯で少しマヨネーズをつけたイカの足をクチャクチャと噛みながら、透き通る赤色が爽やかなスッキリさっぱりのスプモーニを流し込む。

ふぅとひと息つきながら、僕はぐちゃぐちゃになった体内時計を修復していく。

目の前では息子2人がやんややんやと元気にプレステで遊んでいる。仲良く遊ぶ息子2人を見ながらの一杯は最高だ。

「パパ、今日はもう仕事ないん?」

「うん。今日はもう終わったよ」

「じゃパパも一緒にやろうよ」

そう言って戦国無双3のコントローラーを渡される。
僕が真剣にやり始めると、手の空いた息子たちが僕のイカを奪っていく。

「こら!マヨネーズつけすぎ!」


第12話につづく・・・


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?