見出し画像

第29話 けじめのプロポーズ

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年2月14日。

今朝も雨か・・・。

朝のチェックアウトがひと段落し、僕はピアホテルのフロントにある大きなウインドウ越しに雨粒を眺めていた。

このホテルでフロントのバイトを始めて3年。僕にとって知らない社会を体験する事は多くの学びを得るものであった。

3年前の面接の日、僕はとても複雑な心境の中にいた。

つい昨日まで株式会社の代表取締役をやっていた人間が、突如文無しになってアルバイトの面接を受けているのだから、心に葛藤があるのは当然だった。でも当時のマンハッタンホテルの副支配人は僕の事情を察し、優しく受け入れてくれた。

でもアルバイト初日、いざ仕事になると全くついてゆけず、自分がこんなにも何もできない人間なのかとひどく落ち込んだものだ。
あれから3年。本当にいい勉強になった。

今、僕はようやく本来の自分を取り戻しつつある。

どん底の時に僕を採用してくれたマンハッタンホテル、そして母体が変わってからも引き続き勤務させてもらえたピアホテルには心から感謝するばかりなのである。

9時にピアホテルの深夜バイトが終わり、今日はそのままJRに乗り神戸三ノ宮に向かった。

三ノ宮駅で降りた頃には雨もすっかりあがっていた。
僕は北方面へ歩き、いつもの北野坂をあがる。スターバックスコーヒー神戸北野異人館店が見えてくると、彼女も同じタイミングで到着したようで、一緒に店内に入った。

相葉千夏とは、オードリーウェディングを辞めた直後に姫路駅前のホテルのティーラウンジで会って以来久しぶりだった。
1階で珈琲を頼んだ後、僕たち2人は2階に上がり奥にある大きな窓際のソファー席に座った。

「どう順調?ブライダル雑誌にも取り上げられてるようだし、軌道に乗ってきてるんじゃないの?」

もうすでにブライダルビジネスをスタートし、業界内で脚光を浴びはじめている相葉千夏に今の状況を聞いた。

「いえいえ、まだスタートしたばかりだし、軌道になんて乗ってませんよ。それなりの組数をしてても、家賃や人件費や色々あるから、まだ赤字なんじゃないかと思います」

リングショップにいた相葉千夏がまさかブライダル事業にいくとは思っていなかったけど、リングショップとして全国の式場と提携し新郎新婦様と接客をしていく中で、ブライダルのビジネスモデルを見つけたんだろうなぁと想像はつく。

ただ、僕自身がブライダル事業を立ち上げる時は相葉千夏を誘おうと心に決めていたので、僕より先に彼女を引きぬいた当時のフラネリーの上司である山中社長に少し嫉妬していた。

「実はね、僕もようやくブライダルプロデュース会社を立ち上げる事に決めたんだよ。今日はその報告。」

「わぁ!いよいよなんですね!何となく、そんな気がしてました。中道さんがまた夢に向かう姿を見れるの、すごく嬉しいです」

「僕は相葉さんと一緒に仕事がしたい。この気持ちは全然昔から変わってないよ。でも今はそっちの仕事の事があるだろうからすぐにとは言わないけど、いずれ軌道にのって相葉さんがその会社から離れられる時がくるのなら、その時は僕のところに来て欲しい。今日はそのお願いかな」

「中道さんにそんな事言われるなんて光栄だし、私も中道さんと一緒に仕事したいですよ!でも今は私に声をかけてくれた山中社長のためにも、この事業をある程度の軌道にはのせたいと思ってるので、今はそこに全力投球なんです」

「それはもちろん!相葉さんの性格はよくわかってるから。一応、僕からのプロポーズだけは受け取っといてよ!」

僕はそう言って、少しはにかんだ笑顔を見せた。

「あ、そうそう!ついこの前、しいちゃんと会ったよ!」

「椎名さん!懐かしいなぁ」

「ハハハ。しいちゃんも、相葉さん!懐かしい!って言ってたわ」

「椎名さんも、式場辞めてるんですよね?」

「うん。今はお父さんの仕事の手伝いしてるみたいだよ。しいちゃんのお父さん、フリーランスで不動産の仕事してるらしくて、しいちゃん自身もこれから必要な資格を取って不動産の仕事をやろうとしてるみたい」

「へぇ、そうなんですか。椎名さん賢い人だからどんな業種でもできそう」

「僕もそう思う。ただ、しいちゃんといい相葉さんといい、僕にとってはタイミングが悪いというか・・・、結局、両方にフラレちゃったかな。でもね、今回しいちゃんから彼女らしい良いアドバイスをいただけてね、すごく助かってる。相変わらずだなぁと感心したよ。やっぱりしいちゃんは発想が面白いよね。一緒に働けなくてもその脳みそだけは借りようと思っちゃうよ」

この後も相葉千夏との会話ははずみ、結局、朝からほぼ一日スタバで過ごす事になった。椎名凛子に続き、相葉千夏もくどけなかったのは残念だけど、これで会社立ち上げ前の僕なりのけじめの儀式が終わったようにも感じていた。

その日の夕方、僕は姫路行の電車に乗り、車窓から見える須磨の海を眺めながらブライダルプロデュースへの想いを巡らせていた。

ブライダルプロデュース会社というのは、あらゆる会場のウエディングシーンを創り上げるのが使命だ。

それゆえに自社の香りを案外と持たなかったりする。

それでも会社としてブランディングの香りづけは施さなきゃいけないんだけど、根底にながれる発想は「黒子」であるという事が、最大にして全て。

それぞれの会場のウエディングにはそれぞれの会場の色があるものだ。僕たちはそこにほんの少しだけ自社のエッセンスを注入してやる。それが最終的には自社の評価につながっていき、決定的に他社と違う「売り」というものになっていく訳だ。

ただ、それは非常にもろくて難しいもの。
でもそのもろい部分を上手に見極めながらチャレンジしていく事が、プロデュース会社の舵を取る上での醍醐味と言える。

要するにルールやマニュアルは無いという事だ。
そこがプロデュース会社の最も面白いところではないかと思うのである。

僕は頭の中でそんな風に自分自身の思想を巡らせながら、そしてこれから先の未来に胸を高鳴らせながら、姫路へと帰っていった。

明日はプチウェディングもピアホテルも休みなので、自宅の仕事部屋にこもって新しいプロデュース会社の名前でも考えよう。

僕は、ワクワクした感情の森の中で身体いっぱいに光を浴びていた。


第30話につづく・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?