第24話 デザインに生きる
スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2012年1月3日。
朝6時。
正月早々だというのに徹夜でデザインワークに追われている。
まだ朝陽はのぼっていない。
僕は珈琲をいれてひと息つく。そして、それまでかけていたFMラジオを消してジャズのCDをセットした。
デクスターゴードンの「イージーリヴィング」
僕はこの曲に目がない。少しもうろうとしている脳をデックスのサックスで揺り動かしてやる。
新聞配達のバイクが家の前でとまり、バタバタ・・・という足音とともにガチャンとポストに投函される音がした。
さぁもう少し。
朝陽がのぼるまでに仕上げてしまおう。
デザイナーにとって年末年始は繁忙期。
今を乗り切って、クライアント様が正月メニューから通常営業に戻ったら、ホームページの仕事もようやくそこでひと段落する。
そんな感じで2012年の年明けもまたバタバタと走り去るように過ぎていった。
2012年1月17日。
9時。
ホテルの深夜バイトが終わった。
昨夜も1件のクレームがあった。「昨夜も」と言うのは、日々クレームはあるもので。
ピアホテルはもともとあったマンハッタンホテルをそのまま買い取って営業しているので、施設自体は相当に古い。だから設備不良のクレームが大半だった。
しかもお客様は関東からの出張ビジネスマンが多く、関西人のノリではなくてクレーム自体がとても冷淡で厳しく感じられた。
関西人特有の「いやいや、まぁまぁ・・・」で収まる類ではない。
ピアホテルでは、クレームは謝罪するものではなくて、なぜこのような問題が起きたのか、何が悪いのか、どうすればいいのか・・・を、建設的に原因と対処方法をお客様に伝えるというのがクレーム処理のやり方だった。
僕のように地方百貨店で働いていた人間は、すぐに土下座して謝る癖が身についてしまっていて、反射的に謝罪姿勢をとってしまう。
だから僕のこの土下座行為についてはピアホテルの社員さんたちからよく怒られたものだ。
「中道さんはすぐに土下座するけど、それはやめてください。そんな事してもお客様は喜ばないし、何の解決にもなりませんから。お客様は中道さんの土下座が見たい訳ではなくて、なぜそうなったのか?を聞きたいんです。その上でどう対応するのか。詫びる姿勢は必要ですが、媚びるのではなく、建設的に話をして下さい。それでも無理難題を言うお客様がいたら、すぐに警察コールのボタンを押して警察を呼んでくれたらいいですから。」
確かにこのピアホテルで勤務してると、結構な割合で警察を呼ぶ社員さんもいて、そのあたりはハッキリされてるなぁと感心する。
昨夜もそんな嫌な方の部類のクレームがあったから、気分もパッとせずちょっと鬱な感じで朝を迎えていた。
「中道さん、お疲れさんです。今日は疲れましたね~。あのおっちゃん、警察行ってどうなったんでしょうね。なんか気分悪いままですけど、まぁ気を取り直して、また来週!」
20ほど歳下のバイト仲間と傷のなめ合いをしながら、それでも仲間がいる事のありがたみも感じながら、僕は従業員エレベータに向かった。
(あぁしんどいんなぁ・・・、早く辞めたいなぁ・・・)
自転車置き場に出ると、今朝は極端に肌寒い。
バックパックの中に入れていたフリースをもう一枚着こんで、寒空の中、自転車で帰路についた。
「ただいま~」
家に着いてリビングに入ると、ワイフが特別に豪勢な晩ご飯のような朝ご飯を作ってくれていた。
「昨日は大変だったね。お疲れさん。」
実は昨夜、クレーム男が警察に連行されてひと段落した後に、ワイフに愚痴メールをいれていたから、それで僕に気を遣ってくれているようだった。
テレビ画面には、神戸の震災当時の映像が流れていた。
(あぁそうか。今日は神戸の震災の日だった)
反射的に心の中でご冥福を祈る。
その後しばらくリビングで震災特番のようなテレビ番組を観ていた。
11時。
昼までにやらないといけない仕事を思い出し、慌てて2階の仕事部屋に入った。クレームやら震災やらの感傷に浸ってる場合じゃなかった。やる事やらなきゃ。
13時。
クライアント様のホームページの仕事を終えた僕は、デスクに肘をつき眉間にしわをよせ文章を考えていた。
仕事の合間で小説を執筆するのは難しい。
小説の主人公になりきるには時間が必要だから。
気分転換に階下のキッチンに降りて珈琲を作る。
スタバのソロフィルターに大好きなイタリアンローストの豆を入れドリップする。深煎りの濃厚なコク、そしてスモーキーなフレーバーが僕を包み込んでいく。
苦味のある珈琲豆には、ケニーバレルのブルースが合う。
美味い珈琲といいジャズ。
神戸の街をイメージしながら僕はゆっくりと主人公に変化していく。
「LETTER」というタイトルのこの小説は、東京の女性作家ASAMIさんとのコラボレーションによるもので、1話ごとの掛け合いからなる連載ブログ小説だ。
彼女は東京、僕は神戸という設定だ。
掛け合いとはまさにジャズの即興演奏のようなもので、ある意味非常にスリルがあって面白い。小説っていうのは、リアルではない世界を想像し、そこに依存する事で自由を得る事ができる。
その自由こそが小説の一番の魅力だ。
日常のリアルで溜まった大量の疲れを僕は小説を執筆をする事で取り去っていく。
それもまたひとつ、僕自身がバランスを保つ術のように思えた。
2012年1月20日。
僕が仕事の全てを失ったのが2009年9月。
そしてその件でオードリーウェディングと公正証書を取り交わしたのが2009年12月28日。それから2年、僕は昼間はリヴェラデザインとプチウェディング、夜はピアホテルのアルバイトをしながら毎月コツコツと借金を返済していた。
それでもまだ借金は残っていたんだけど、僕のこの2年間の様子を見ていた父親が最終的に足らずを援助をしてくれる事になり、この日、晴れて借金全額返済という運びになった。
これにより公正証書の全てが完了。
これで前会社オードリーウェディングとの縁が完全に切れる事になった。
暗闇の中の2年間だった。
父親に感謝するとともに、ここまで一緒に頑張ってくれたワイフにも心から感謝の想いがあふれてくる。
「全て終わったよ」
ワイフの安堵の表情は、全てを物語っていた。
「うん。」
2012年1月21日。
僕を覆っていた重い呪縛がとれた翌日、僕は不動産屋と姫路駅前のあるビルの見学に来ていた。
築年数は古いビルだったけど、その古さが逆にヴィンテージというかクラシックな感じに見えて第一印象はすごく良かった。
2階の空きフロアに上がると、建付けの感じはお世辞にもキレイとは言えなかったけど、三方に大きな窓ガラスがあり明るく開放的なところはとても気に入った。1フロアの中にガラス張りの仕切られた部屋がひとつあり、それがまた良い感じで、オフィスとしての全体イメージが湧きやすい物件だった。
僕は、ここをリヴェラデザインのオフィスにしようと考えていた。
すぐにウェブデザイナーやシステムエンジニアなどの募集をかけ、一気にデザインオフィス立ち上げに動こうとしていた。
2012年1月22日。
ホテルの深夜バイトが終わった後、そのままJRで神戸に向かった。
元町駅を降りてすぐのカフェで神戸で人材派遣会社を経営している知り合いの社長と会う約束をしていた。これからデザイナーを雇う前に、今の企業の雇用状況等を把握しておこうと思ったんだ。
思ってたよりスムーズに電車があったので、約束の時間より1時間以上も早くそのカフェに着いた。
僕はテーブルの上にLIFEのノーブルノートを広げ、珈琲を飲みながら今の自分の気持ちを書きはじめた。
『ビジネスには夢が必要で、その夢を叶えるには努力が必要。ビジネスなんて、たぶんそれだけの事なんだろうな。
もし努力に才能があるのならば、万人誰もが努力をできるものではないという事になる。そう思うと、やはり努力をしたものが勝つんだろう。
大見栄をきってた昔と違い、今の僕は少なからず堅実になっている。だから昔の一歩は今だと半歩くらいしかないのかもしれない。
一度失敗した人生だ。
半歩半歩でも一生懸命努力をしていこう。
結局は自分が信じた道を自分で歩いていくしかない訳で、自分を信じるしかないという事だ。
人生は少しくらい傷がある方がいいのかもしれない。
酸いも甘いも知っている腹黒い百戦錬磨よりも、純粋で傷がある方がかわいいじゃないか。
僕自身が楽しいと思う事。
それを純粋にやっていこう。』
僕はそうノートに書いた。
(今年も濃い内容のノートになりそうだな・・)
デザイン事務所を立ち上げてデザイナー一本で食っていく事になるなんて思ってもいなかったけど、人生、そこが面白いところなのかもしれない。
僕はその先にあるリヴェラデザインの未来を見つめていた。
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