第27話 心を整えて
スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2012年2月。
ホテルの深夜バイトが終わり、そのままプチウェディングのサロンに入る。ここ最近の仕事の流れだ。
ただ、昼夜問わず色んな仕事をしていると、当然のこと体力の限界はくる。40歳過ぎて3年もそういう生活を続けているのだから正直、身体はボロボロだ。それでも何とかやれてるのは、今お世話になっているところにいる仲間の存在が大きい。
ピアホテルの社員さんやアルバイト仲間は皆本当にいい人ばかりで、僕のような歳とって役に立たないおっちゃんの面倒をよく見てくれる。そして僕のビジネスとは全く無関係の人たちなので損得勘定も無く、そういう部分でもとても心地いい。
このプチウェディングもそんな仲間であふれている。
プチウェディングのサロンでいる時間はとても楽しい。事務所内には5名ほどのメンバーがいるんだけど、いつもバカ話で盛り上がる。このメンバーで結婚式のプロデュースをしてあげるんだから、プチウェディングのプロデュースが他社より楽しい結婚式になるのは当然のようにも感じられた。
その日の夕方。
僕は神谷さんにブライダルプロデュース会社を立ち上げる意思を告げた。神谷さんは快く僕の意思を尊重してくれる。本当にこの人には感謝しかない。
(僕がこれから作るプロデュース会社とプチウェディングがうまく住み分けできて共存していければ理想だなぁ)
ーーー 20時。
今夜はピアホテルのアルバイトが無くプチウェディングのサロンにいた。そろそろ帰宅しようかと思っていた時に水木支配人から連絡があり、夜の営業がひと段落していると言うのでグランメゾンに顔を出す事に。
水木支配人に前向きな話をするのは本当に久しぶりのように感じる。僕は支配人に新しいプロデュース会社を立ち上げる意思を告げ、今後のグランメゾンとの仕事の連携のやり方などを話し合った。
話が終わり表に出るともう外は真っ暗で凍てつくように冷たい。2月の夜の寒さは想像以上である。僕はウインドブレーカーの下に更に厚手のフリースを着こみ、身をかがめるように自転車で帰路についた。
ただ、身に染みる夜風とは対照的に心の中にはみなぎる熱さが溢れていて、いつもの辛い道のりが幾分やわらいでいるように感じた。こんな高揚した気持ちになるのも本当に久しぶりの事なのである。
翌朝僕は10時の開店と同時に中地の文具屋VOXに来た。
僕は何か新しい事を始める時は必ずノートを買う。アイデアやその時の気持ちなどを書いていくためだ。
色々と迷った末、黒のモレスキンルールドノートを買った。オードリーウェディングの時もこのノートからスタートしたから僕にとっては相性がいい。ノートというものは買うだけでも自分の気持ちを高めてくれる素敵な存在である。
帰宅した僕はキッチンで珈琲を入れ、2階の仕事部屋へと上がった。今日はスタバのソロフィルターを出し、深煎りのフレンチローストをドリップした。
部屋に入ると、東側の出窓から爽やかな光が差し込んでいる。
僕はデスクの上にモレスキンを広げ、椅子の背もたれに背中を押し付け、背もたれの上部に首を添えて天井を仰ぎ、目を閉じた。
部屋中にフレンチロースト独特のスモーキーフレーバーが漂い脳を刺激してくれる。
しばらくすると、僕はイメージの森の中を歩いていた。
そこには色んな色があって、色んな柄があって。
そんな道を僕はより分けかき分けながら進んでいく。
到着したその先には、幸せがあふれていた。
夢、未来、喜び、楽しみ・・・。
自分自身で未来を想像すると、とても辛かったり苦しかったりするものだけど、イメージが想像させてくれる未来は、とてもあたたかく心地いい。
僕はただ「あぁ心地いいな」って思えるものに囲まれていたいと思った。
そっと目を開ける。
さっきまでいたイメージの森の余韻を感じながら、モレスキンに向かう。まだまだおぼろげだけど、僕がやりたいプロデュースのイメージが少しずつ少しずつわいてくるようであった。
その日の午後、僕は姫路の式場ベネリを昨年退社して神戸の実家に引きこもってるしいちゃんこと椎名凛子に電話を入れた。
「しいちゃん、生きてるかぁ!今何してるの?」
「わぁ中道さん、ご無沙汰してます。今は父の不動産の仕事を手伝いながら色々そっち系の資格を取ろうとしているところです。中道さんこそ、生きてるんですかぁ?」
「そうかぁ。不動産かぁ!頑張ってるんやな。しいちゃんは賢いからどんな資格でもすぐ取れそうな感じするわ。僕はこの3年は死んでたけど、ようやくもう一度歩き出す事にした。それでね、誰よりもまず最初にしいちゃんに電話しなきゃと思って」
「え!何するんですか?ブライダルするんですか?」
「そう。もう一度ブライダルプロデュース会社を作る。それにはしいちゃんの力が必要なんや。ちょっと手伝ってくれ」
「私なんか何の力にもなれませんよー!それに中道さんの仕事の手伝いなんて恐れ多い・・・」
「僕は次に何か立ち上げる時は、しいちゃんと相葉さんとって思ってたから。そうそう3年前、僕がオードリーウェディングを辞めた直後に相葉さんと会ったんだけど、その時も確かしいちゃんと3人で会社できたら楽しいだろうなぁって話がでたわ」
「相葉さん!懐かしい。相葉さんは今何してるんですか?」
「相葉さんは今、フラネリーを辞めて当時のフラネリーの上司と一緒にブライダルプロデュース会社立ち上げてるよ」
「えー!!相葉さん、ブライダルしてるんですか?それはビックリ」
「和婚専門のプロデュース会社でね、格安料金プランを売りにシステム化された事業展開をしてる。まだまだ今からって感じだけどね。すごいと思う。そんな状況でも相葉さんには声かけるよ。相葉さんは昔から僕のエンジェルだからね」
「あはは!そうでしたよね。中道さん相葉さんのことエンジェルっていつも言ってましたね。懐かしいなぁ。あの頃は楽しかったですね」
「うん。だから僕はしいちゃんと相葉さんと3人で何かやるっていうのは、今でも夢として持ってるのよ」
「中道さんにそんな風に言ってもらえるだけで嬉しいです。ありがとうございます!」
「でね、早速だけど今週どっかで会えない?」
「全然!明日でも大丈夫ですよ!」
「そうか!場所はそっちに任せる。神戸までは行くから」
「わかりました。じゃ、三ノ宮駅のスタバでどうですか?」
「了解。じゃそこで10時に!」
僕が今から創り上げるブライダルプロデュース会社。
椎名凛子と会う事で、僕の中の漠然としたイメージの森に何かしら色彩をつけてくれるんじゃないか・・・、そんな風に思っていた。
「パパ~!晩ご飯できたよ~」
階下のリビングから息子の声が聞こえたので、僕はモレスキンのノートをいったん閉じて仕事部屋を出た。
リビングに降りると長男がこんな事を言ってきた。
「パパ・・・、もう土曜と日曜はお休みじゃなくなるの?」
僕がこれから結婚式の仕事を始めるという話を夫婦でしているのを聞いていたようだ。子供というのは、そういう変化には敏感だなぁ。
でも急に改まって長男にそんな風に言われると、何だか仕事がとても悪いものに思えてしまって罪悪感のようなものを感じてしまった。
僕は元々百貨店人であり、その後独立してブライダルの道へ進んだものだから、土日の休日なんて全く頭にない人生だった。
それが3年前に大きな挫折をしてから、デザインの仕事にシフトした事により土日はもちろん平日もずっと家にいて仕事をするようになった。僕の仕事人生で土日が休みになったのはこの時が初めてだった。
その仕事上の変化は、僕にとって素晴らしい時間を与えてくれる事になり、長男の幼稚園の運動会をはじめ全ての子供行事に参加する事ができた。そしてそれは日々の息子たちの暮らしを一緒に感じる事ができるという最高の3年間でもあった訳だ。
それは、それまで仕事人間だった僕には考えられないような家族との濃密な時間であり、家族の絆、幸せ、価値観といったものを学ばせていただく貴重な時間となった。
そしてその事は成長段階の息子たちにとっても、とても大きかったようだ。
だから今回はそういうのも全て踏まえた上で、僕は家族との在り方、そして仕事との向き合い方をバランスよく考えながら再び動きだそうとしている。
たぶん、あの頃よりもいい仕事ができるように思うんだ。
僕の人生は波乱に満ちているけど、そこから生まれるものはとても純粋なもので、神様が僕に失敗の苦悩を与えてくれたおかげだと思っている。
「うん。新しい仕事を立ち上げるから今年の夏くらいからはそうなるかもしれない。でもね、奏楽と陽音の大切な日には絶対に仕事いれないから。それは約束するよ」
この子たちが一人前になるのはあと10年くらいかな。
それまでは、オードリーウェディング時代のような仕事漬けのやり方ではない、新しい仕事のやり方を作っていかなきゃ。
「よかったぁ!じゃパパ、これからは家でプラプラ遊ばずに頑張ってよ!」
「ハハハ・・・、頑張るわ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?