第23話 HELLO,GOODBYE
スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2011年12月。
高畑さんのおかげで再燃していたブライダル事業の夢は、僕の性分が悪い方に出て高畑さんに嫌われる事になり、あっさりと消えて無くなった。
結果として高畑さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、僕にとってこの1ヶ月はとても楽しい時間となった。高畑さんには感謝している。まだ僕にも熱い心があるんだと改めて実感できたから。
それと同時に、やっぱり僕はもうブライダルをしない方がいいのかもしれないと思うようにもなっていた。
姫路フィンランディア教会のロゴデザインをプリントした用紙を僕はゴミ箱に捨てながら、自ら立ち上げるブライダルはもうないだろうなぁと思っていた。
2011年12月26日。
ピアホテルの深夜バイトが終わり、帰宅するとすぐに2階の仕事部屋にこもった。年末年始はホームページの修正や追加が多い時期で、ちょっとした繁忙期なのである。
デスクのパソコンの電源をつけると、リヴェラデザインのメールボックスに30通ほどメールが届いていた。僕は1件1件チェックしながら、優先順位を振り分けていく。
やれやれ、思ってた以上の依頼量である。
でも読んでると中にはあたたかい内容のメールもあり、それには心が癒された。僕のデザインでこんなにも喜んでくれる人がいる事、それが何よりも嬉しい事だった。
これまではブライダルという媒体で人を幸せにする事に従事してきたけど、ひょっとしたらデザインでも人を幸せにする事ができるのかもしれない。
そう思うと、僕らしいデザインの道があるんじゃないかと考えるようにもなった。
2011年12月28日。
公証役場にて前会社と公式な書類を交わしてからちょうど2年。
この「2年」という数字は証書の中のある条項のひとつの期限であり、僕にとっては大きな区切りの数字だった。
その条項の期限がきた事により、プチウェディングと正式なコンサルティング契約を交わさせていただいく事になった。2012年1月から6ヶ月間の契約。
僕はまだまだ苦しい生活事情だったので、仕事を与えてくれる神谷さんには本当に感謝してもしきれない思いだった。
大通りに面したところにプチウェディングのサロンがオープンしたので、これからしばらくはこのサロンに通う事になった。
プランナーの山下洋子はあれから少しずつ経験を重ね、周囲から愛される素晴らしいプランナーへと成長していた。
ブライダルの仕事は「人」が全てだから、山下さんの成長がプチウェディングの躍進を支えているように感じた。僕の任務はそんな山下さんのバックアップと更なる事業の安定を確立させるためのシステム作りだった。
2011年12月30日。
今年も終わりに近づいてきた。
高畑さんからの話を除けば、そんなに上を向くこともなく、ただ粛々と時が過ぎていったような1年だった。特にここ2年は自分を捨ててるような生き方の2年だったように思う。
自分の中での「当たり前」とは違う生活のリズム。でもそこに順応する事で、人は何かしら得るもので。
休日なんて一切取らず、仕事に明け暮れていた頃には気付かなかった何かを。
実はそれがすごく大きなものであるという事に僕はようやく気付く事になる。そして日々の平凡な暮らしに心から感謝するようになった。
人生にとって少しのリタイヤは必要なのかもしれない。
そして高畑さんからの話で持ち上がった姫路フィンランディア教会の一件は、次の事業構想を考えるいいきっかけになったようで、何かが僕の中で前向きに変化しているのを感じていた。
そう思うと、人生に無駄はないという事だ。
2011年12月31日。
夕陽が差し込む仕事部屋で僕は丸善の檸檬色の万年筆を取り出し、LIFEのノーブルノートに今の気持ちを綴っていた。
『僕が仕事に対して大切にしている価値観がある。
それは、美しさ。
ただビジュアル的な美しさも大切であるが、いさぎよさ、華麗さ、純粋さ、そして凛々しさを備えていたい。
それはいわゆる「王道である」という事にも通じるものだが、生きざまと違い、仕事というものには「華」が必要だと思うんだ。
僕の人生なんて美しさのかけらもない。
だからこそ、余計に仕事というものに対する想いが強いのかもしれない。仕事こそが唯一の自分自身を表現するステージに思えるから。
美しさは、はかなさと背中合わせだ。
だから美を追求するという事は、時に破滅をもたらす。
それでも仕事の価値観を「美」だと思えるのは、仕事というものに心から畏敬の念を持っているからにすぎない。
仕事はするものではなく、させていただくものだ。
僕はそこに「美」をもって挑戦する。』
僕は書き終えてペンを置いた。
これが今年の日記帳の最後のページ。
何かしら自分が変わろうとしている空気が文章から伝わってくる。
こうして暗闇の中をもがき続けた2011年が終わり、いよいよ激動の2012年が幕をあけようとしていた。
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