見出し画像

雁の行方

趣味でロシア文学を読んでいたある日、イヴァン・ブーニン(1870〜1953)のこんな詩を見つけた。

『初雪』 
冬の冷気が
野に森に漂う
日没を前に空が
濃い緋色に染まった

夜は嵐が荒れ狂い
夜明けと共に村に
池に、人のない庭に
初雪が降り寄せた

今や白くなった
広原の上に立ち
僕らは飛び遅れた
雁の行列に別れを告げる

Иван Бунин,1891.

(原文は最後に載せておくので誤訳があれば指摘してください)

ブーニンらしいロシアの風景を詠んだ静かな詩だ。これを読んだ時頭に思い浮かんできたのは、高校の古文の授業で読んだ和歌のことだった。

春霞 かすみて去にし 雁がねは 今ぞ鳴くなる 秋霧の上に
(春霞の向こうにかすみながら飛び去った雁が 今また飛び来たって秋霧の上で鳴いている)

古今和歌集、読み人知らず

雁は北半球北部で繁殖し、寒さの厳しい冬を温帯域で過ごす渡り鳥である。
秋の訪れを匂わせながらロシアを飛び立った雁の群れは、日本に降り立ってこちらでも秋の訪れを告げる。

平安時代の日本と19世紀終わりのロシア。時間も空間も遠く隔たった二つの詩を、まさに越境して雁という渡り鳥が繋いでくれたことに、なんとも言えない面白さとロマンを感じた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

付録 『初雪』ロシア語原文
ПЕРВЫЙ СНЕГ
Зимним холодом пахнуло
На поля и на леса.
Ярким пурпуром зажглися
Пред закатом небеса.
Ночью буря бушевала,
А с рассветом на село,
На пруды, на сад пустынный
Первым снегом понесло.
И сегодня над широкой
Белой скатертью полей
Мы простились с запоздалой
Вереницею гусей.
<1891>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?