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幸福感と萩尾望都

最も好きな漫画家と聞かれたら萩尾望都先生。
齢八から数十年経った今も変わりないです。
図書館で初めて出会ったポーの一族は、それはそれは衝撃的でした。

萩尾望都先生の作品はどれも日々の生活の一瞬一瞬にのせる感情とは別に、ふとしたときに感じる言い表せない虚無感や生きることに対する疑問、不安を孕んだもやもやの塊を違和感なく美しい少年少女に投影してくれている。その表現力・筆致力は少女漫画の枠には留められない凄みがあって、文学以上に文学していると思うのです。

中でも『感謝知らずの男』はテーマとコンセプトが今を生きる私に響く作品の一つ。


<あらすじ>
才能あるバレエダンサーのレヴィ。17歳で親は金持ち。衣食住も将来性も足りてるのに頭の奥はいつも冷え冷えして安心して眠れることがない。レヴィはどうなりたいのか。どうしたいのか。自身の迷いを上手く表現出来ないことから、周りの人とのやり取りにも苦悩する。

生きる力……エネルギー……ぼくたちの文明が地球を裸にしているので弱りつつある地球がきっと人に生命に与えるエネルギーを失いつつあるんだ。有史以来人間は地球から奪うだけ奪い続けているんだ (作品より抜粋)

心に残るのがレヴィに生きる活力がない理由を自答している言葉。

食べるには困らぬ、今日明日の安全は保証された現代の日本で我々がなんとなく感じる虚無感を投影した言葉のように思えて。

表面を撫でるだけのような心地良い会話は普段幾らでも造れるのに、胸の奥にある思いを的確に、具体的にあらわしてくれる言葉を探せば探すほど、それらしい言葉を選択しようとした瞬間に、嘘っぽく、上辺っぽく響く気がして、一歩を踏み出せない。

今ある気持ちに適切な言葉を選択して、その言葉が抱えている思いと同じ熱量で相手に伝わる日は来るのだろうか。不可能かもしれなくても、少しでも近づけることを夢見て。

『感謝知らずの男』は自身の中で時々発生する「幸福でいられない自分」を見つめなおすとても意味のある作品だと思います。
毎日これといった不満が無いのに、どこか虚しく幸福を感じられてない人には是非読んでいただきたいです。

ちなみに、私にとって自身の意識を見つめなおすのが『感謝知らずの男』とすると、「虚しさを克服する」鍵をくれるのはミヒャエルエンデの『はてしない物語』だったりします。
そちらのお話はまた今度。

私の中ではセルフケアというのは「(日々幸福を感じられるように)自身をケアすること」。
物理的な健康面だけではなく、心の健康の糧になる発信をしていきたいと思います。


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