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尻尾


彼の家からの帰りに猫を見かけた私は、迷うことなく近づいた。
1歩、2歩、近づくと猫は警戒して少しずつ下がる。

でも、少し私に興味があることは分かる。

だって、しっぽが揺れているから。

「嘘がお下手ね、猫ちゃん」

また私は1歩近づく。
1歩下がる猫。

もし人間にしっぽが生えていたなら、嘘を吐き通すのは難しいんだろうな。
感情に比例して、神経を通して直ぐに動いてしまうもの。
無意識に動いてしまうのだとしたら、そんなに恐ろしいことはない。

だから私にしっぽがついていたら、絶対に切り落とすわ。

一向に距離が縮まらない猫から目を離し、携帯を取りだしLINEをする。

「今日も楽しかった♡ありがとう。やっぱり明は自慢の彼氏です…っと」

そして、そのまま電話をかける。

「もしもし、康介?あのね、今から行ってもいいかなぁ。…ほんと?ありがとう。今からタクシー乗るから、20分くらいに着くと思う」

私は電話を切る。
足元に猫が来ていて、私に擦り寄りしっぽを絡めてきた。

「ま、しっぽがあったらあったで、使いようによっては武器になるかもだけどね」

猫を人撫でして、歩き去る。
大通りに出てタクシーを停める。

「代官山まで」

来た道を見ると、猫が寂しそうにこっちを見つめていた。

「そんな顔して見ないでよ。私も、寂しいだけなのよ」

私は明から返ってきた「こちらこそありがとう。早く一緒に住めるといいな😊」という返信に既読をつけ、ごめんね、と呟いた。

タクシーの運転手は無言で、代官山までの道を進む。
沈黙の20分弱、私はボーッと外だけを眺めていた。

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