闇の入り口

ポジティブ信仰、目標信仰の闇・・・

「ポジティブはOK、ネガティブはダメ!」

こんな発想は、『精神差別』です。

精神潔癖症でもいいですよ。

絶対善、絶対悪のような
極端なニュアンスが
生きづらい世の中に変えています。


この発想の延長で

妄信的なポジティブ思考が
うつやセクハラを引き起こし

強迫的な目標思考が
パワハラや過労を引き起こします。

ポジティブや目標設定を
ダメと言っているのではなく

すべての人に強要するのは
難しいということです。

すべての人が
ポジティブになって
綿密な目標設定を立てれば
成功するわけではないです。


ポジティブな言い訳をするようになる


『常にポジティブであれ』

と考えるようになると
何が起こるかというと

ネガティブなことに
フタをするようになります。

事実として起こっていても
見て見ぬふりをするようになったり
ポジティブな言い訳
無理をしてしまったりします。

「キツイ残業も、
将来の夢のためには必要な
鍛錬の機会だ。」

と捉えるようになります。

ネガティブな言い訳よりもタチが悪いです。

正しい鍛錬、修行であれば
効果はあるかもしれませんが
たいていは大して意味のない労働ですから
雇い主にとっては”優秀な奴隷”になります。


言いたいことが言えなくなる


あと個人的にイヤなのは

ネガティブなことが言いづらくなっている

ということです。

ホントはみんな甘えたいくせに
「甘えるな!」と言われてしまい
辛い時に何も吐き出せなくなります。

いじめられていることを
親に切り出せない子どもの感情も
こういう側面で生まれます。

「自分のことなんだから
自分だけで乗り越えなきゃいけない。」

って思い込んでしまいます。

大人になってもネガティブなことを言うと
「空気が読めない」
と一蹴されます。

フタをしてても
いつかは限界が来ます。

僕はそれが潰瘍性大腸炎という
身体に来てしまい、
またある人はうつ病という
メンタルに来てしまいます。

自殺してしまったり
犯罪が起こったりするのも
抑圧されたネガティブな感情が
限界を超えたことで起こります。

「俺なら大丈夫だろう。」
「まだ大丈夫だろう。」

という過信が
高齢者の自動車事故や
セクハラ騒動を招きます。

今まで無事故無違反だったから
これからも大丈夫だろう。

なんて、そんな保証
どこにもないですよね。

若いから許されてきたことを
おっさんがやったら
許されなくなります。


ポジティブもネガティブも、どっちも大事


ポジティブシンキングが悪いのではなく

ポジティブだけ信仰して、
ネガティブは徹底的に排除しようとする

曲がった信念は危険だということです。

ネガティブってだけで
毛嫌いするようなことは

『精神差別』

のようなものです。


どちらが良い悪いではなく
バランスが重要です。

ポジティブな意見も
ネガティブな意見も
両方真剣に聞くようなスタンスや

将来に関する
ポジティブな予想も
ネガティブな予想も
しっかり想定する

ということです。

ポジティブだけではなく
ネガティブなことも
しっかり受け入れることが
大切だと思っています。

嫌なことにも向き合って
丁寧に扱っていくことで
バランスの取れた生き方に
なっていくだろうと考えています。

潔癖症も生きづらそうですし
がさつな人も生きづらそうにしています。

ちょうど良いのは真ん中。

50:50くらいが
生きやすい精神バランスだと思います。


目標設定がやる気に結びつかない人がいる


もう1つ、目標思考も
万人向けのノウハウではありません。

もちろん
目標設定した方が
うまく人がいるのは事実です。

目標を達成したときの
興奮や快感が好きな人は
やった方がうまくいきます。

でも、

締め切りやガチガチの縛りがあると
やる気が出ないタイプの人には
向かないテクニックです。

僕は完全に向かないタイプです。

一般的に
目標設定をする目的って
行動しやすくするためのものです。

馬の頭にぶらさげる
ニンジンのようなもの
です。

なので、

その人にとって
行動しやすくなるニンジンを
ぶらさげてあげれば良いということです。


自分のやる気の引き出し方を見つけること


目標がニンジンにならない人は
別のことをニンジンにした方が良いです。

僕にとってのニンジンの1つは

書いた記事が誰かに読んでもらって
感動や驚きの表情をされて、
「すごい!」とか「天才!」と
言ってもらえるイメージです。

言い換えると

僕にとってのニンジンは
称賛です。

称賛されたいがために
記事を書き仕事をし、
生きているわけです。

そしてそういうイメージをした方が
仕事も進みますし
完成度も高いことがわかっています。

これからの社会は

自分の成功は自分で決められます。

なので、

成功パターンだって
イヤイヤ真似しなくたっていいと思っています。

自分のあらゆる部分を受け入れて、
その上で、自分の心から進みたい道を
探していくことが大切だと思います。

または、
進みたくない道を決めて
それを徹底的に避けても
自ずと進みたい方向に進むはずです。

良いものを選ぶ道も
嫌なものを選ばない道も

進む道は同じですからね。

自慢話も愚痴話も
微笑みながら頷けるような

仏のような人間になりたいと
思う今日このごろです。


最後までお読みいただき
ありがとうございました。

nagatouch


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