1冊の本が僕の人生を大きく変えた。


僕は去年人生を変えてくれるほどの一冊の本に出会った。去年と言うかもう少し前に出会っていたものの、引き出しにしまわれていたままだったのをある時偶然思い出し、もったいないから読んでみるかぐらいの気持ちで読んだのが僕の人生を変えてくれるキッカケだった。


吸い込まれるように導かれるように。


今までの僕は本なんてろくに読んだこともなく、とにかく本を読んで勉強がしたい、そんなぼんやりとした気持ちのまま本屋に向かった。ズラリと並ぶ何やら「この本を読めば人生が楽に生きれるよ」と言わんとばかりの賢そうな本たちに、少し目眩がしてやっぱ買うのやめようかなと思っていた時だった。小説のコーナーの一角にその本があった。

「また、同じ夢を見ていた」住野よるさんと言う人が書いたらしい。「君の膵臓を食べたい」の作者が書いたらしい。その名前は知っているものの映画すら観た事がない。でも映画化するほどの小説家の作者が書いてるんだから、きっと良い話なんだろう。それと、この題名がなんか良い。それだけだったけれど本に無知なだけに買う理由なんてそれだけで充分だった。

ライフハック的な本じゃないけど、「まぁ、ええか」そんな気持ちで買ってしまった。家につくなりゆっくりと読み進める。

初めての活字の嵐。正直その時の僕は活字を読むのが苦痛すぎて3分の1まで読んでところでいつしか読むことを辞めてしまった。もったいねえ。そんな気持ちを抱いたのは数日だけ、いつしか買った事すら忘れ去られ引き出しにしまわれてしまった。

それから月日は流れ、部屋の掃除をしていた時引き出しから、あの本が出てきた。あ、そういえば途中で読むの辞めたんやった。捨てるのももったいないしキチンと読んでみるか。そんな気持ちで再び僕の苦行が始まる。と、思っていたのに今回は違うかった。

スラスラ読めてしまう。別にあの時から僕自身なんら変わっていないのに気づけば本の世界の虜になっている僕がいた。心のタイミングだろうか?
読めば読むほど感情が本の中に入っていく、あんなに苦しかった活字にもなんの戸惑いもなくなり、色んな感情の情緒を抱いたまま僕は一心不乱に読み進めた。

読み終えた僕には終わってしまった喪失感と本の随所に散りばめられた言葉が心の中で渦巻き、すっかり言葉の力強さの虜になっていた。これが僕と本との出会いだ。あれから1年ほどしかなっていないものの確実に僕の生活は変わった。どんなに忙しかろうと、エッセイや小説を読む事が僕の楽しみであり生活の一部になった。

後から分かった話なんですが、この「また、同じ夢を見ていた」と言うタイトルは、僕が大好きなバンド10-FEETの蜃気楼と言う曲の歌詞からきているそうです。それを知った時は運命的なものを感じずにはいられませんでした。たまたま買った小説の題名が僕の大好きなバンドの歌詞からきているなんてびっくりです。


そして今日も文章を書く。


僕は、人に自分の気持ちを表に出すのが苦手であり内向的でオマケに人見知り。そんな僕でも何かこの文章の上なら素直なまま気持ちをぶちまけれるような気がした。そしてこのnoteを見つけ、手探りではあるものの今日も僕は自分と向き合い、心の切れ端を拾い集めて繋ぎ合わせる。拙いけれどこの文章が誰かに届くことを願いながら書く。

寝不足で明日スマホのスヌーズと格闘するハメになるかもしれないけれど、心の熱が冷めないうちに文章にしておきたいから今日も僕は文章を紡いでいく。

何でもない偶然のキッカケが与えてくれた出会いはここまで一人の人間を変えてしまうのだ。

顔も名前も知らない誰かの心に寄り添えるような文章を書いていきたい。
そして、僕にしか書けない本当の文章で言葉を紡いでいきたい。

僕はこの本との出会いをずっと忘れないし、書くことを辞めない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?