どうも。丸山浮草です。 ほんとはもっと早く、この文をUPしようと思ってたんですが、1月末の寒波が来た朝、くしゃみをして階段から転落した際に腰の骨のかたちがすこし変わってしまい、遅くなりました。 すいません。 ここnoteは、文章を書くのが好きな人々の集まる場所でもありますし、今回の短編にいたるまで丸山浮草本人がどうやって、ものを書いてきたのかについてお話ししてみようと思います。 もしかすると参考になることがあるかもしれないし、ないかもしれません。 もうしわけないのですが、し
父が急死する、すこし前のことだった。 深夜に起きて、トイレへ行き、照明のスイッチを押してからドアを開けると、なかに父が座っていた。 「おめ、なにするん!」と大声で言われて私は「あ。あ。ごめん」と言ってドアを閉めた。 驚いた父の激しい剣幕に、こんな夜中に明かりもつけず、鍵もかけずにトイレにいれば、開けられてもしょうがないだろうと少々、腹立たしかったのを覚えている。そして、足踏みをしながらドアの前で2、3分待っていると、私の後ろの廊下から足音が聞こえてきた。 ふりむくとそこには父
「安藤さゆりさーん、なかでお待ちくださーい」 と、名前を呼ばれたので、あたしは診察室のドアを開けてすぐの場所、お医者さんの机とはカーテンで仕切られた、いわゆる中待合と呼ばれる空間に入って、丸イスにちょこんと座ったわけです。 冬にしては青空が広がった、小春日和の今日。 胸が痛くなるほどの咳が、もう何日もずっと、ゴホゴホ止まらないので、診察を受けに来たんです。 昨日、そのために一日休みたいというと上司はあからさまに顔を曇らせながら、「まあ、俺だって、鬼じゃないからなあ」と言っ
右腕を失くしたのは高2の夏だった。 野球部の県予選が始まる頃、骨の病気で切断した。 もともと130キロ代の速球を投げるピッチャーとして入学した学校だったから、僕は自分の生きる意味を、まるごと、ごっそり、失くしてしまったような気がしていた。 6階の病室の窓からは、道路を挟んだ先にある、大きなショッピングセンターの広い駐車場が見えた。 良く晴れた日の、午後3時。 僕は、色とりどりの自動車が出入りする駐車場を見ていた。 手を伸ばせば、ミニカーのようにつまめそうな気もした。
窓がすこし開いていたらしい。 丈の長い、リネンのカーテンがそよ風をはらんで、音もなく、やわらかに揺れていた。 ベッドからはみだした彼女の手のひらのあたりで、ぬるい室温の空気と、外からやってきた涼やかな空気が、混じりあっていた。 夏の初め、薄墨色の午前5時。 モノトーンの寝室で、カレンは目覚めた。胸の上には彼氏の腕が乗っている。 どけようとして、意外なほどの重さに、すこし驚いた。 それが初めてというわけでもないのに。 肌にふれて、肉の重さを感じ、あたたかな体温を確かめる。 そ
レイクサイド・デザイン社のコピーライター、よどみさんは業界の飲み会で初老の男と知りあった。社名を告げると「じゃあ、僕の後輩になるんだね」と意外なことを言う。名前を聞くと男は「ともふさ」と名乗った。よどみさんは男から「~さん元気?」と 何人かの名を聞かれても全員知らなかった。デザイン業界はウナギにタレを塗るように、くるくる人が移動するのだ。 「時間が経ったんだねえ…自分じゃそれほどとは思わなかったんだけど……」 そして突然、「あの会社、今も宗教Aとは関係ないんだよね?」と藪から
大きなボトルを水で満たして白い砂を敷き、水草を詰めた小さな世界。 その底にヌマエビはたった一匹で棲んでいた。 ヌマエビはときどき、ボトルのなかから、外をながめた。 分厚いガラスの向こうは、どろんと歪み、線も面も色もにじんでいる。 ただ、この世界が明るい部屋のなかに置かれているらしいことはわかった。 ヌマエビはいつも、目を覚ますと砂の上を這い、ときどき水草の上へ水を掻いて上った。水草には苔がほどよくついていて、日がな一日、その苔を食べた。 曇りの日になると、世界は灰色に染ま
俺流チャーハンの作り方。用意するものは、非常にシンプルだ。 玉子、ニンニク、シーチキンの缶、レタス、長ネギ、そして冷や飯、塩コショウ。 フライパンに胡麻油とサラダ油を適当に入れて温めたら、刻んだニンニクをガッ、と入れてフライパンをゆすり、油に香りを移す。 立ち上がる香ばしい匂い。そして焦げる前に、溶いた玉子を投入。 ジャッ、という音とともに玉子が固まりはじめ、気泡が、ふつふつと踊る。 その上に冷や飯をドッと落とし、フライ返しで、グッ、グッ、と底からひっくり返して混ぜる。 半熟
朝八時半、よどみさん(愛称)こと、淀 みゆき さん(26・独身)は、白鳥湖公園前バス停で降りると早足で公園をまっすぐにつっきり、早春の寒空に剥き出しの枝を伸ばす桜の木々を眺めながら、湖のほとりにある三階建てのビル、レイクサイド・デザイン社をめざした。 途中、ベンチで新聞を読む老人男性が連れている、溶かしバターの色をしたちいさなコーギー犬が目に入り、パパッと近づいてババババッと撫でたい衝動にかられたが、突然無言でそんな人間がやってきたら犬もご老人もガクガクブルブルするだろうし
日曜の夜のことだった。 アパートの狭いキッチンで、テレビのクイズ番組を聞きながら食器を洗っていると 「ぐぬっ! おぬし……」 という渋い声のあと、バサッと、誰かが刀で斬られる音がした。 六畳の茶の間を振り返るとテレビの前に、ちいさくてまるくてあたたかいもの、がいた。 そいつは、チャンネルを勝手に時代劇のドラマに変えて、テレビのリモコンを握ったまま、不思議そうに画面を眺めていた。 ここは一階なので、たぶん、窓が開いていたのだろう。 僕は食器を片付けると、茶の間へ移動し、そいつ
俺は会社をやめた。 毎日いったん退勤のタイムカードを押してから、夜の11時過ぎまで残業していた。 土日も出勤することがあった。手取りは17万円から上がらなかった。 たまの休日は、独りのアパートで泥のように眠った。 布団と布団のあいだで生を受け、死んでゆく正体不明の物体のようだった。 とにかく、彼女に会うよりすこしでも眠っていたかった。 当然、ふられた。 体も心も限界だった。 辞めるなら後任を連れて来いと言われた。 じゃあ今月分の給料とかいりませんから、と言って話はついた。