【料理エッセイ】暑くて、暑くて、どうしようもないから、すでにそうめんを食べまくっている
暑くて、暑くて、どうしようもない。
日本から春夏秋冬がなくなって、夏と冬がひたすら繰り返されている。気持ちよく外を歩ける時期はほんのわずかで、服装を選ぶのも、ご飯を選ぶのも難儀している。
まさか6月からそうめんを食べ始めてしまうだなんて。
子どもの頃、そうめんと言えば夏休みのお昼の定番だった。ラジオ体操に行って、友だちと遊んで、帰宅したらお母さんがそうめんを大量に茹でてくれた。大きなボウルに水を張り、その中を細い麺が自由自在に泳いでいた。
「えー、またそうめんー」
これがわたしの口癖だった。
たぶん、『ちびまる子ちゃん』とか『クレヨンしんちゃん』とか、日常を描くアニメでそうめんを扱うとき、必ず出てくるセリフだったから真似して言っていたのだろう。
だから、どこまで本心だったのかは定かじゃないが、なんとなく「そうめんは美味しくないもの」という印象は長らくあった。とはいえ、当時はバリバリ被扶養者だったので、嫌々ながらもそれでお腹を満たしていた。
大学生になり、一人暮らしを始めてからは自分だけそうめんを茹でたりはしなかった。夏の風物詩とはわかっていても、わざわざ積極的に食べたいとは思わなかった。なんなら、親元を離れた象徴として、そうめんをキャンセルしていたのかも。
ただ、いつだったか、お世話になっていた女性舞踏家のお宅で昼食を頂いたとき、自分の知らないそうめんが出てきて驚いた。見た目こそ、白くて細い麺なのは同じだけれど、味わいが全然違った。
「このそうめん、めちゃくちゃ美味しいですね！」
興奮気味にそう言うと、彼女はなんてことなく、
「そうかなぁ。普通の揖保乃糸だよ」
と、答えた。
うちの母は料理にこだわらない人だったので、いつもスーパーで一番安いそうめんを買ってきていた。揖保乃糸は有名なので名前は聞いたことがあったけれど、ここまで別物だったとは。もっと早く出会っておきたかったと本気で思った。
加えて、麺つゆも自家製らしく、そのことにも度肝を抜かれた。
「え？ 麺つゆって作れるんですか？」
「なにそれ。当たり前でしょ。しょうゆと出汁とみりんを混ぜるだけだもん」
シンプルにカルチャーショックだった。
彼女は大量の薬味も用意してくれたし、天ぷらも揚げてくれたし、食卓の上はめちゃくちゃ華やかだった。かつて、わたしが目にしていたモノトーンな風景とあまりに違った。端的にカラフルだった。
そのときはよその家だとそうめんをこんなに楽しく食べていたのかと衝撃を受けたけれど、後に、彼女が特別料理上手だったのだと気がついた。とはいえ、そうめんには様々な可能性があるとわかったことは自分にとって大きな発見だった。
以来、わたしは一人でもそうめんを食べるようになった。少し高いけど、揖保乃糸を買うようにしている。ネギは薄く切り、茗荷と大葉は欠かさない。生姜はチューブじゃなくて、毎回、ちゃんとすりおろしている。やっぱり風味が違うんだよね。
最初のうちは天ぷらにも挑戦していたけれど、だんだん億劫になってきた。だいたい、暑いからそうめんを食べるって言うのに、なぜ、台所で揚げ物をしなくちゃならないのだろう！ 汗だくで死んでしまいそうになる！ 妥協案で高級な揚げ玉を用意している。
麺つゆの自作はたしかに想像よりも簡単だった。ただ、これまた暑い日にやるのは面倒過ぎて、なんだかんだで市販品に戻った。
理想はあるのだ。でも、なかなか実現させられないのがそうめん。
あれもしよう、これもしようと考えてはいる。なのに、いざ、調理してみるとどんどん手を抜きたくなる。これはわたしのせいじゃない。誰のせい？ それはあれだ。夏のせい！
『サマージャム'95』でも聞きながら、適当に茹でるぐらいでちょうどいい。
もし、わたしが蕎麦アレルギーじゃなかったら、そうめんを茹でようと立ち上がってみるも、気づけば近所のお蕎麦屋さんでザルかセイロをすすっていたかもしれない。
それぐらい、麺を茹でるのだってけっこう大変。
暑くなければいいんだけどね。暑くなければ。しかし、暑くなければそうめんを食べようなんて思わないわけで、このジレンマを如何せん。
今年もそんなこんなで、すでに何度もそうめんやっている。
母親みたいに麺を水に浸したまま出すと伸びちゃってよくないらしい。だからって、ざるに入れっぱなしだと麺同士がくっついてしまう。
手間だけど、フォークでくるくる固まりを作って、お皿に盛っていく。こうすれば最後まで美味しくいただける。ここだけは頑張っておいた方がいい。
飽きたら、洋風にアレンジしている。冷蔵庫にある余った野菜やベーコンをトマト缶で煮込み、茹でたそうめんにぶっかけるだけ。案外、いける。
まったく、まだ7月になったばかりなのに、そうめんを何袋消費したことか。
この先が思いやられるね……。トホホ……。
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