【ショートショート】流行りのお店 (2,226文字)
話題のレストランに行ってきた。おひとりさま向けらしく、仕切り板で区切られたカウンター席が斜めにいくつもり設置されていた。まわりの人からなにをやっているか見られないのが人気の秘訣なんだとか。
「いらっしゃいませ」
声がする方に顔を向けると小さな猫型ロボットが頭を下げていた。
「空いている席へご案内いたします」
テクテク歩いていったので、その後をついていく。途中、他の客の背中だけが見えた。たしかに繁盛している。いまは平日の午後四時という昼飯にも夕飯にも中途半端な時間だというのに大したものだ。ランチやディナーのタイミングだったら相当に混んでいるのだろう。ただ、席はLINEで予約できるようなので、基本的には店内で待つ必要はないと公式インスタに書いてあった。
「ご注文はテーブルのタブレットからよろしくお願いします」
猫はそう言うと去っていった。座るとタブレットが置いてあった。ファミレスによくある注文用に制限された装置ではなく、普通のiPadで様々なアプリを選ぶことができた。
とりあえず、食事を頼むことにした。注文アプリを押すと写真がいろいろ出てきた。カレー、オムライス、ラーメン、パスタ。種類こそ多いけれど、どれもちゃちい雰囲気だった。それもそのはず。ここは冷凍食品専門の無人レストランなのだ。
人は働いていない。調理もホールもすべてロボットが担当している。追々、技術が発展したら複雑な調理にも対応していくつもりだけれど、現状、電子レンジ調理のみに特化していると社長が記者会見で説明していた。
最初は風変わりな飲食店として人気になった。その様子を報じるニュースを見ながら、どうせ一過性のブームですぐにみんな飽きるだろうと思っていた。だが、そんなことはなく、あっという間に全国展開。なんなら既存のチェーン店を駆逐するほどの勢いだった。
こうなると興味が湧いてきた。若者を魅了しているという話だったが、冷凍食品しか出てこないお店なのに、とてもじゃないけど信じられなかった。なので、実際を確かめるため、こうして自らやってきた。
パスタを頼み、タブレットを触ってみた。ネットフリックスもアマプラもU-NEXTもSpotifyもYouTubeもぜんぶ入っていた。どれもログイン済みだったので、会員じゃなくても好きなコンテンツを楽しむことができる。
結局のところ、こういうサブスクサービスを食事中に追加料金なしで使えることが若者の間で評判になっているという。特殊なスピーカーが椅子に内蔵されていて、イヤホンなどがなくても音声を本人だけ聞くことができるのもありがたい。
料理は一律600円。缶の飲み物やスナック菓子も同様みたいで、いずれか一品頼むと20分の滞在権利がついてくる。冷凍食品としては割高だけど、動画や音楽も込みだと考えれば悪くないのかもしれない。なにより、いまや若者たちはご飯を静かに食べることができなくなっていて、食事中になにかしら見るか聞くかせずにいられないそうだ。
少し前まで、そのことが外食産業で問題になっていた。ファミレスでもファストフード店でも喫茶店でも、若い客は一人でスマホを見てばかり、単価が安い割に長居をするので商売が成り立たなくなると言われていた。各社、その対策として商品の価格をあげたり、動画視聴を禁止したり、滞在時間に制限をかけたり規制を進めていった。一方、この冷凍食品レストランの社長だけはあえて動画を見るための飲食店を作ってしまった。
結果、正しかったのはこっちだった。若者はおいしさより、安さより、動画が見れる環境を選んだ。だったら家で食事をすればいいのにと思ってしまうが、それは寂しいので嫌らしい。かといって、まわりに自分が見ている動画を覗き見られるのも嫌なので、ブース型の席が最適だった。
なるほど、そういうものかと納得しつつ、ネットフリックスで気になっていたドラマを視聴していたら、ベルトコンベアーで解凍済みのパスタが運ばれてきた。それを手に取り、備え付けのフォークでずずっとやれば、間違いなく冷凍の味だった。不味くはない。なんなら美味しい。でも、わざわざ外でお金を払って食べるものとは思えなかった。
終始、居心地が悪かった。自分が若者じゃなくなったことを痛感させられた。追加はせず、20分きっかりで店を後にした。会見はキャッシュレスのみ。PayPayで支払った。
お腹がいまいち満たされていなかったので、コンビニでフランクフルトやドーナッツを買って帰った。冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出し、わたしはリビングに落ち着いた。テレビをつけ、『踊る!さんま御殿!!』を見ながら本日二度目の食事にとりかかった。
やっぱり、ご飯を食べるときはスマホよりテレビだよね。最近の若いやつらはあんなしょぼいもので満足しているなんて、これからの日本がどうなってしまうのか、心配になってしまう。
すると、大きな画面の中で、顔だけは知っている大御所っぽい女優さんが、
「なにが嫌って、最近は食卓をみんなで囲むってことがなくなったでしょ。ダメよね、それじゃあ。コミュケーションが乏しいにもほどがあるでしょ。このままだと若い人たちはどんどん個人主義になっちゃうわ。現に自分勝手な人が増えているでしょ。この前もね……」
と、饒舌にエピソードトークを披露していた。わたしはスマホを手に取って、Xの裏垢でその女優に対して「老害乙w」とつぶやいた。
(了)
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