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ダブルブッキング

日曜日の新幹線ネタ。第2弾を書こう。金曜日に、新幹線ネタについては、ちょっと小出しにした。日本酒の話だ。でもあの話は、ごくごくありふれた毎週の話だったので、小ネタとして日曜日以外に書いた。だが、この、ちょっと鯨飲とも言える飲酒が、一度だけだが、困ったことに繋がる。それはまた、いつかの日曜日の夜に書くことにしよう。

さて、本編に入ろう。

もう30年くらい前になるだろう。独身で、新大阪近くの寮に住み、新幹線に毎週月曜日の夜には乗り、金曜日の最終で新大阪に帰ってくる。そういう生活をしていた。ただ、このサイクルは、東京の宿泊が多いだけで、まだ楽な方だ。時には、同じ週のうちに、新幹線で各地に移動する。週2回くらいの移動はザラで、私の場合は、最多で、1週間に9回、新幹線に乗車したことがある。

こんな具合だ。

月曜日に、大阪→東京。東京で終日仕事。東京泊。1回目。火曜日の早朝、東京から大阪に移動。2回目。資料を作成して印字し、稟議を通してから夜、広島に移動。広島泊。3回目。水曜日の朝、広島のユーザー先でプレゼン。すぐ移動して新幹線に飛び乗り福岡へ。4回目。福岡で新規件名の売り込みをして最終列車で帰阪。帰宅。5回目。木曜日の始発で東京へ。6回目。東京のユーザーと納入調整をして、昼食のあと広島へ。7回目。広島の事務所で打ち合わせの後、翌日の資料を作成して印字。広島泊。金曜日、始発で福岡に向かい、新規件名のクロージングのプレゼン。8回目。福岡事務所に戻り事務処理をしている間に成約内示の知らせを聞いて少し報われながら、日本酒ワンカップをキオスクで買い込んで最終列車で帰阪。これで、9回目。

あの頃は、バブルの絶頂期だった。仕事は、やってもやっても、終わらなかった。誰しもが、似たような生活をしていた。私のような売れない商品担当ではあっても、引き合いはあったし、ほどほど、食えるくらいの成約ができたものである。そんな時代だった。


持ち帰りの仕事は、当たり前。移動時間も、だいたいは、仕事をしていた。当時では珍しく、社用のラップトップパソコンを与えられていて、それは、今のノートブックパソコンほど小さくはなくて、座席テーブルに乗せてキーボードを叩くととギシギシ音が鳴った。意識的に窓側に座り、外側に極力持ち物を寄せて周囲に迷惑をかけないようにするのだが、それでも奇異の目で見られる。キーボードを音を立てないように叩く癖は、この時についた。

それで作ったデータはフロッピーディスクに入れて人に渡したり提出したりする。プレゼンは、もっぱら紙を配布してやっていたが、時折OHPと言われる映像投射機でするために、プレゼン資料は特別な、透明のシートにインクジェットプリンタで印字して準備する。微修正はセロハンを貼る。

いつも、疲れ果てて新幹線に乗る。それでも仕事をする。出来る限り指定席に座るのだが、月曜日の午前や金曜日の午後は、大変に混んでいて、指定がとれないと自由席に並ぶ。並ぶ時間がもったいない時は、仕方なく、自由席車両のデッキや通路に並び、近隣の席が開くのを待って、座って、また、仕事をする。


どこかで、牛若丸三郎太がリゲインのテーマを歌っている気がする。

24時間戦えますか....。

どうしても座りたい。仕事をするにも、これ以上疲れないためにも。ほんのちょっと睡眠と休憩をとるためにも。日本中の、新幹線に乗るビジネスマンが、そうだっただろう。


ある時、東京から最終列車の移動で乗り込んだ私の席に、ある年配の、恐らく会社ではそれなりの地位の人であろう人がやってきて、

そこは、私の席だからどきなさい。

という。

自分の席くらい、ちゃんと見てから座れよ。

大きな声で、そういう。


私は、日本一の忘れん坊ではあるが、その時代は、大きなパソコンを席に広げることが多いので、何度も確認してから座る。だから、間違っていないという自信があった。

そして、落ち着いて、自分のチケットを確認した。やはり、間違いは、ない。

間違いありませんよ。私の席です。

そういうと、

君のチケットを見せてみろ。

乱暴にそう言い、私のチケットを取り上げた。

まじまじと見て、

ダブルブッキングだ!どうするんだ!

その人はそういうと、

車掌 ! 車掌 !

乗務員を、大きな声で呼び付けようとした。そうそう、乗務員は、周囲にいたりしない。だが、たまたま、通りかかった乗務員が、この、ちょっとした騒ぎに気がついて、すぐに、寄ってきた。

どうしてくれるんだ、ダブルブッキングだぞ!

乗務員は、すぐに事情を察して、チケットを確認し始めた。その人のと、私のとを。私も、ダブルブッキングなんて、見たことがないから、興味津々だった。

すると、その乗務員がその人に、小さな、落ち着いた声で言った。

お客様。お客様のチケットは、こちらですか。

そうだ。

お客様のチケットは、昨日のチケットでございます。指定席は、残念ながら使えませんが、自由席特急券としては、使えます。自由席にてご乗車ください。

なにぃ.....。

大騒ぎをした、その年配の人は、一瞬で、形無しになった。

乗務員は、帽子をとって、深々と、その人と、私や周囲の人に、挨拶をして、その人を自由席に、優しく、誘っていった。

その人は、ぶつぶつ言いながら、乗務員について行った。

女の子には、ちゃんとチケットとれよっていったのに、日付け、間違ったんだな...。


此の期に及んで、往生際の悪い人間もいるものだ。

そのとき、この造語はこの世になかったのだが、今の私ならば、こう、心の中で呟いていただろう。

タ・セ・キング〜!!!!


その席、わたしの席です。そういうシチュエーションには、数限りなく遭遇してきた。私も、何度か、不覚にも間違いを犯した。

今回のような、日付の間違いは、ほとんど無い。私が経験したのは全部で3件。超レアである。約70%は、席番号の勘違い。そして約30%は、便や車両の間違いである。ダブルブッキングというものには、ついぞ、お目にかかったことがない。

日本の鉄道、JR新幹線は、本当に優秀なのだと、私は、誇らしく、理解している。



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