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おかわり

新幹線ネタ日曜劇場、第4弾、最終回である。

むかし、出張三昧の生活をしていて、日本全国をドサ回り営業で回っていたが、そのおかげで、いくつか、独り言日記の、記事を書くことができている。

今日の話は、それほど、笑える話ではないかもしれない。


移動は、仕事をしながら移動することが多いが、週末の夜の移動は、どうしても、みんな、一仕事終わった疲れを癒しながら、一息つきながら移動する。

ある週末、ちょっと早い時間、晩御飯時。広島から大阪へと帰路につこうとしたところ、たまたま、ホームでN課長と一緒になった。N課長は、普段、あまり、お酒を飲む方ではない。だが、私に声をかけてきて、2000円を出して、

ビール、買ってこいよ。

という。

キオスクで500mlの缶ビールを2本と、少し、つまみを買って、指定席をとっていたにも関わらず、自由席に並び、2人席に座った。

しばらく談笑していると、検札の乗務員さんがやってきて、検札をしようとした時だった。ちょっと列車が揺れて、乗務員さんの手が、私の座席テーブル上の缶ビールを倒してしまったのである。

私は反射的に缶を受け止め、すぐに座席テーブル上に戻したが、私のズボンは、かなり濡れることになった。

すぐに自分のタオルをポケットから出して、拭きつつ、N課長にかかっていないか確認したが、かかっている様子は、全くなく、一安心した。

私は、反射神経は、人並み以上である。そして、汗かきなので、フェイスタオルをポケットにいつも入れている。これが、被害を最小限にした。

その乗務員さんは、すぐさま自分のハンカチを取り出して謝罪をしつつ私に渡し、状況の確認をしながら帽子をとり、腰を90度に曲げて言った。

大変申し訳ありません。せめて、クリーニング代を出させて頂きます。

その乗務員さんは、かなりのベテランだった。してはならない間違いを犯した自責の念を恥じている態度に包まれていた。


私は、言った。本心で。

あ、いや、いいんです。これから帰宅するだけです。新大阪までもう少しだし、自宅まですぐなんです。どうせ週末、クリーニングに出すつもりだったので、お気遣いなく。

いや、でも、それでは、済まされません。

周囲の乗客も、数人、成り行きを見つめている。そして、N課長も、状況を見守っている。

いやいや。本当に、いいんですよ。そんなに大げさにしなくても。大丈夫なんです。

いえ。それでは...。


ちょっとした押し問答のような格好になったが、私があまりにも大声で笑いながら大丈夫だと連呼するものだから、乗務員さんも、散々謝りながら、最後は引き下がった。


しばらくすると、その乗務員さんが戻ってきて、私に、缶ビールの500mlを渡してくれた。

せめてもの気持ちです。

私は、快く受け取り、

おかわり、ご馳走様です。

と、にこやかにこたえた。


N課長は、私の一部始終を見て、そして、一言、言った。

コジ、お前は、出世しないわ。まあ、でも、人の幸せなんて、出世だけじゃないからな。


N課長は、のちに私の仲人をしてくれた。私はすぐに転勤し、ほどなくN課長は本社のある部署の部長になった。そしてつい10年ほど前、解離性大動脈瘤で急逝された。途中入社の、仕事の流儀の違う人だったが、だからこそ魅力的で、心から尊敬する人だった。


よく、東京に出張で出てくると、

一緒に飯でも食べようや。

そう言って何度となく電話をくれた。だが、私は不器用で、時間がとれなくて、東京では、一度も食事会は実現したことはなかった。


N部長の葬儀のとき、私は、奥さんにそのことに触れられて、奥さんの手を握りながら、生まれてはじめて人目を憚らずに泣いた。自分の涙が、直接地面に落ちるのを、初めて経験した。

そのとき、不思議に、あのときのN課長の言葉が、頭の中で響いた。



最近、よく、思う。

私は、今、幸せだよな。だって、生きているんだもんな。まだ。


でも、どんなに忙しくても、やりたいことは、やれるとき、そのときにやらないと、後悔する。

N課長と、一度でいいから、東京で一緒に晩ご飯を食べながら喋りたかった。

でも、それは、もう、望むべくもない。


人は、亡くなると、星になるという。

今夜は、ふたご座流星群が、見頃らしい。






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