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創作小説一時置き場

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タイトルまま。
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記事一覧

筋目に伏す

筋目に伏す

「あ、映画見に行こう」
シャワーの音を聞きながら思いついた。午後の予定はあるけど、何時から彼氏と合流できるかがわからない。ベッドから立ち上がって、メイク道具を取りに荷物が置いてあるソファへ向かう。がちゃり、と、浴室の扉が開いてリュウ君が聞いてきた。
「タオル、どこ?」
「洗面台の下」
答えはしたけど、リュウ君じゃきっとわからない。タオルが入ったカゴへと近づく。私が手を伸ばしたところで彼は気づいたら

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セルフネグレクトネットライフ

うずくまり渦になる。洗濯機の音。トイレの流水音。それらを聞きながらキッチンで膝を抱えた。タバコの煙に甘える気にもなれない。胸が塞がるような感覚とは、もう長い付き合いになる。ただただ無性に哀しいと感じるのに、その正体が掴めないまま頭を悩ませるのはいつものこと。早く眠らなければと思っていても、眠ることすら面倒くさい気がして身動きが取れない。最後に時計を見た時はもう十二時を過ぎていた。この悩みに悩むプロ

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ラブレター

ラブレター

前略

小学生の頃、理科の時間で使う導線が好きでした。電気の流れを学習するのに使う、ビニールで覆われた銅線です。爪を立ててビニールを切り少しずらすと、見えてくる細い金属。つるつるとしていて、光を受けて輝く様が好きでした。その身体を守る為に覆っているビニールの合間から暴かれて剥き出しになっているのを見るのが、なんだか悪いことをしているような気分になれて好きだったのです。

これから少し悪い事を書

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去来する夜は

去来する夜は

こいつはどこまで本気なのだろう。広い部屋の真ん中に置かれた、ダブルベッドよりも広いベッドの上で友人に寄り添われながら、ふと思った。彼は背後から左腕で私を抱き、右手で携帯をいじっている。なんとなくそうした方がいいような気がして、彼の身体へと上半身を預けていた。

「今日、スーパームーンだって。」
「なにそれ?」
友人の声はこちらへと向いているのに気付きながら、言葉だけで返事をした。
「さあ。わか

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一足飛びの果て Epi.

後味の悪さを抱えたまま、パソコンでパズルゲームを延々とする。今日の講義は全部サボった。今夜はバイトもない。シフト制で働く彼は、同じ部屋で相変わらずぼうっとしているようだった。昼前に帰って来た私に少しの不信感を表した以外は。ポン、ポン、ポン、と、パズルゲームのSEが鳴り続ける。こんな事をしている場合じゃないのに、コンティニューを選ぶ動作が止められなかった。
「あのさ。」
彼の呼びかけを無視する。私は

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一足飛びの果て 6

ホテルのドアを開けたのは僕だった。彼女を先に中へ入れて、ドアを閉める。そこから先は瞬く間に始まっていた。彼女が僕の右手を力一杯引き寄せたから、体勢を崩した末にその身体に抱きついた。彼女が右手のひらをこの頬へ添えて、伏せがちだった目をゆっくりとおおきく開いて僕の目を見る。潤んだその目と半開きで待ちわびている口元に、その後の行為をためらっていると、彼女の親指がこの唇をなぞった。とうとう観念した僕は、そ

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一足飛びの果て 5

週末の駅前広場の人混みの中で、あるひと組の男女が向かい合って両手を繋いでいた。その様子は、この広場にいる他のカップルとは少し違うようだった。二人とも酔っているのか顔が赤いのは一緒だったが、その表情に明らかな違いがあった。女は満面の笑みを浮かべていた。男は少しだけ身体を引いて、笑顔を必死に作っていたが明らかに引きつっていた。
「ね、行こっか。」
「えっ?」
「ほら。」
女は男の手をぐいっと引っ張った

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一足飛びの果て 4

これはデートだ。いや、一緒に遊んでいるだけだ。いややっぱり、デートなのかもしれない。
待ち合わせの合間、食事をするカフェへの移動の合間、食事の合間、上映時間までの時間つぶしの為に入ったゲームセンターで遊んでいる合間、映画館へ移動する合間。ありとあらゆる会話の途切れたタイミングが到来する度に、僕はこの問答を繰り返していた。そして見終わった映画の感想を話しながら駅前へ戻ってきていたのに、晩飯の話をした

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一足飛びの果て 3

電気が消えている部屋の玄関が開いた。時刻は夜11時ごろを回っていた。玄関の電気が点けられた後に、ドアが閉められた。
「ただいま。」
女が独り言のように呟いた。迎える言葉はなかった。靴を脱いで、リビングへ向かう。リビングの電気も点けて、カバンを机の上へ置いた。女はため息をついて、同居人のパソコンを眺める。電源は落とされていた。スマホを取り出して、未読メッセージの確認をする。いくつかの返信を送った後に

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一足飛びの果て 2

「私、昨日彼とケンカしたんだよね。」
僕は彼女の唐突な暴露に、驚いて目を見開く事しかできなかった。
大学の食堂で3限の時間中である今は、昼休みからの惰性でこの場に残っている人たちで賑わっている。昼休みの後に来た僕らは、テーブルの上にドリンクを置いて話していた。
「…なんで?」
彼女の言葉に動揺した僕が、なんとかひねり出した言葉だった。動揺を彼女から隠すように、コーヒーを口に含む。
「私が、ワガママ

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一足飛びの果て 1

女はカルーアミルクを飲み干して、空いた計量カップをシンクのへりに置いた。カルーアの瓶に目を凝らして覗き込み、蓋を開けてカップへとそれを注ぐ。
リビングには男がいた。PCへ向かい、椅子に体を預けて動画サイトを見ていた。音量はそれほど大きくなく、男の耳に過不足なく届く程度に音声は流れていた。彼の顔には、疲れたような、苛立ちのような表情が浮かんでいる。
計量カップの半分ほどにまでカルーアミルクを作った女

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傍迷惑

好きで好きで好きで堪らなくなってしまうと、そのままの勢いで動いてしまう自分を恥じた。返ってこないラインの履歴を見るのもつらい。まただ。またやってしまった。そんな事をつよく思いながら、布団に顔を埋めた。あの人の残り香に感じて、更に嫌気がさす。もう数日ほど経つのに、まだ嗅ぎ取る事ができるのか。そんな驚きも、瞬時に恥の材料となる。当然だよ、だってその香りが失くならないように、閉じ込めておけるように、布団

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一線と傍線

「たまにはウチで呑もうよ。他にも友達来るから、楽しいよ。」
大学卒業以来会っていなかった友人と久しぶりに会い、カフェでお茶をしている中での誘いだった。大学にあまり友人がいなかった私は身構えた。
「私を知ってる人、いるの?」
「今のところいないけど…誰か呼ぶ?」
「いや、いい。」
あの頃にはいい思い出がないから、知らない人の方が都合がいい。行くよ、と応えながら、内心でそう呟いた。

実際参加してみれ

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前哨戦

前哨戦

「あんたが私のこと好きなのなんかバレてんのよ」
酒に酔った女友達は、俺を上目遣いで見ながらそう言った。すっかり酔いどれた顔をしている。
「ああ、そう。」
どうせ酔っているんだから、明日になったらそんなことを言ったのも忘れるんだろう。グラスを回しながら、半笑いで呆れたように答えてやった。
「でも抱かれたいとか思わないからね、私は。」
目線も顔もそらして、彼女はテーブルに向かって言うように話している。

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