一足飛びの果て 4

これはデートだ。いや、一緒に遊んでいるだけだ。いややっぱり、デートなのかもしれない。
待ち合わせの合間、食事をするカフェへの移動の合間、食事の合間、上映時間までの時間つぶしの為に入ったゲームセンターで遊んでいる合間、映画館へ移動する合間。ありとあらゆる会話の途切れたタイミングが到来する度に、僕はこの問答を繰り返していた。そして見終わった映画の感想を話しながら駅前へ戻ってきていたのに、晩飯の話をした結果、近場のバーへと入店していた。彼女いわく、安い居酒屋のサワーよりもバーの酒を呑んだほうがすぐに酔えるから安上がりで済む、らしい。誘われないが為にこういう場所に来たことのない僕は、店内の暗さやうるさ過ぎない話し声たちにかえって萎縮してしまった。
乾杯から、1杯2杯と呑んでいる間は、見て来た映画の話題が続いた。同じサークルで会議をしている頃から知っていたことだが、僕も彼女も一つの物事を深く分析したがる性分だった。あのシーンはラスト前のこのセリフの伏線だったのかもしれない。あのシーンは不要だったんじゃないか。彼女が脚本の内容を掘り下げるような分析をするのには新しい気づきが多くて楽しかったし、僕が感じた映像の美しさをピックアップして話して見た時に心底同意してくれるような反応だったのが嬉しかった。彼女の3杯目の酒が来た頃にはすっかり話し尽くした気がして、疲れもあって黙り込んでいた。それでも楽しさはよくよく感じられて、心地よく余韻に浸っていた。彼女も笑顔が絶えなくて、僕と同じ気持ちのような表情に見えた。しばらくの沈黙のあと、彼女はひとつため息をついた後に言葉を発した。
「カナメ君の事もね、好きだったんだよ。」
酒のせいで幻聴が聞こえたのかと思った。言葉の真偽が判らなくて、彼女の目を黙ったままじっと見返す。彼女はこの僕の視線すら一つのおもちゃにしているかのように、悪戯っぽく笑って話を続けた。
「カレと付き合う前から、カナメ君の事も気になってたんだよねー。二人とも、全然タイプ違うからさ。どっちも気になっちゃって。」
知らないよ。そう言う前に俺の顔は笑っていた。彼女はそんな僕を見た後、手元のグラスに視線を落とした。その手でグラスを遊ばせているので、からからと氷の音が鳴る。僕はすっかりぬるくなったビールを呑み干した。
「カナメ君はねぇ、カワイイって感じ。」
僕がビールを飲み干してグラスを置いた頃合いを見て、彼女は上目使いで僕の顔を覗き込んできた。酒に酔ったようなその赤い顔を見て、ただただ苦笑いするしかできなかった。彼女としては僕の様子を楽しんでいるのか、「ふふふ」と声を漏らした笑顔を見せる。酔い心地で楽しんでいるその姿を見る一方で、僕の頭の中が少しだけ冷えていくような感覚を得た。
「カワイイ?」
わざと不機嫌そうな表情を浮かべて聞き返した。内心では彼女の言葉に喜んでいるのを、なんとなく自覚する。
「そ、カワイイ。なんかねー、構いたくなるんだよねー。」
彼女がにこにことした笑顔で僕を見る。細めている目から輝きはよく見えないけれど、僕へひとつの期待感を持っているような気がした。それに気が引けて、顔を少しそらした。視線はもう合わせられない。
「ああ、そう…。」
相槌をうちながら、自分が怯えているように思えた。その目の奥にある下心が僕へと向けられているのには、過剰に意識しなくても気づけるものだった。僕には大切な人は誰もいないけど、君には彼氏という人がいるでしょう。そんな風に僕で遊ぼうとするなんて信じたくないけど、きっと信じるしかないんだろう。頭に鉛玉を込められたような鈍痛が走る。心の中にネイビーのインクを一滴垂らされたような、憂鬱な感情が広がっていくのを感じた。
「…それ飲みきったら、帰ろうか。」
愛想笑いさえできない。居心地の悪い期待感から逃れたくて、彼女の行動を誘導する。もう、帰らせよう。
「ん、そうだね。じゃ、お会計もらおうか。」
すみませーん、と、店員を呼ぶ彼女の姿を見て、僕は今日はじめての安心感を得たようだった。

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