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前哨戦

「あんたが私のこと好きなのなんかバレてんのよ」
酒に酔った女友達は、俺を上目遣いで見ながらそう言った。すっかり酔いどれた顔をしている。
「ああ、そう。」
どうせ酔っているんだから、明日になったらそんなことを言ったのも忘れるんだろう。グラスを回しながら、半笑いで呆れたように答えてやった。
「でも抱かれたいとか思わないからね、私は。」
目線も顔もそらして、彼女はテーブルに向かって言うように話している。 その様子が滑稽に見えて、顔のにやつきがやめられない。
「ああ、そう。」
また、明日になったら『私、何話してた?』と、心配そうに聞いてくるんだろうな。そう考えていたら、彼女が口を一文字に結んでこちらを見つめてきた。何の用かと思い、そのまま見つめ返していると、彼女が口を開いた。
「…何か言ってよ。」
「ええ…?」
いつもは見せないような照れた表情に内心で驚いた。戸惑った相槌を打ったあとに、飲み屋の天井を見て言葉を探す。ひとつ思いついたものをそのまま伝えるのには気が引けて、突き刺すように視線を送る彼女の様子を見る。目が合った瞬間にぎくりとしたような機微を見せるけれど、相変わらずの表情で俺を見ていた。

なんだよ、好きなのはお前の方じゃん。

喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、目の前に居るプライドが高い不器用な女友達を傷つけないための言葉をもう一度探す。

「…お前が、シラフで、俺と落ち着いて話せるようになったら、言うよ。」
図星を打たれ、撃沈。そんな言葉がよく似合うような動作で、彼女は両手で顔を覆い、空いている隣席へ倒れこんだ。
本当に不器用なヤツだなと思いながら、ウィスキーのグラスを空けた。いつもなら、俺はこれでアルコールの摂取は止める。これ以上を呑むと、俺自身も何を言い出すかがわからない。未だに起き上がらない彼女の姿を見て、少し魔がさしたような気持ちになった。今日ぐらいは、俺も少し無様な姿を晒してもいいかと思った。無意識的に店のベルを鳴らしていた。

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