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【取材記事】子どもたちの自分らしさを応援! 学生服メーカーの枠を超え、学校とともに「人」と「未来」をつくる

多様性が重視される現代社会の中で、教育現場においても「多様な学び」が求められる昨今。子どもたちと学校を取り巻くさまざまな社会課題に取り組む企業があります。菅公学生服株式会社(以下、カンコー)は、創業1854年(安政元年)の学生服の老舗メーカー。制服・体操服の企画・製造・販売にとどまらず、子どもたちの「未来を生きる力」を育むキャリア教育支援のほか、教職員向けの授業支援や課題解決に向けた情報発信を行なっています。今回は、カンコー独自の研究機関「カンコー学生工学研究所」の松田紗季さんに、教育現場に寄り添う活動の原点や多様な制服づくりの取り組み内容についてお話を伺いました。

【お話を伺った方】

菅公学生服株式会社 カンコー学生工学研究所松田 紗季(まつだ・さき)様
2017年入社。セーラー服などの商品開発を経て現職となり、多様な子どもたちが快適な学校生活を過ごせるように、1人1人に応じた制服の開発を進めている。現在は、性の多様性に配慮した制服、感覚過敏の方に配慮した制服の調査・研究・開発を行っている。

■学生服メーカーの枠を超えたスクールソリューション企業を目指す。根幹にあるのはよりよい学び、よりよい学校の実現

子どもたちのキャリア教育支援を目的に産学連携のプロジェクトを実施している

mySDG編集部:学生服メーカーとは思えないほど、多様な取り組みをされていることにまず驚きました。どの取り組みもSDGsにつながるものではありますが、そもそも多彩な活動をされるようになった背景を教えてください。

松田さん:学生を取り巻く環境が変化する中、学生服メーカーの枠にとらわれず教育現場の課題解決をお手伝いしたいと考え、まずは学生服の正しい着こなし方を学ぶ「着こなしセミナー」に始まり、さらに一歩進んで「キャリア教育支援」を開始します。キャリア教育の「キャリア」とは、仕事を見つけることだけではなく、どういった人生を描いていくかという、もっと広い視点のことです。子どもたちがこれからの未来をいかに生きるかという点もお手伝いがしたいと考え、活動の幅を広げていきました。「学生服メーカーなのに、なぜ?」と、疑問に思われることもあるのですが、学校の課題解決をしたいと突き詰めた結果が、現在の活動につながっています

mySDG編集部:ちなみに「着こなしセミナー」が「キャリア教育支援」へと広がっていたタイミングは何年前くらいですか?

松田さん:キャリア教育支援を本格的に始めたのは10年前くらいです。ちょうど教育ソリューションにも力を入れはじめた時期で、ダンスが体育授業で必須化された際には、教材開発も行いました。そのほかにも、子どもたちの自立力・生活力を高める「洗濯授業」やスポーツや文化活動に打ち込む子どもたちに向けた「スポーツクリニック」も開催しています。

mySDG編集部:学生服メーカーさんで、これほど多様な活動をされているところは、なかなかないですよね?

松田さん:そうですね。着こなしセミナーはどのメーカーさんも取り組まれているのですが、キャリア教育支援に特化しているのはカンコーの特長ともいえます。2019年にはキャリア教育事業を展開するグループ会社「カンコーマナボネクト」も設立し、未来の子どもたちのキャリアをよりよい人生になるように取り組んでいます。

■子どもたちの多様な声が開発のベースに。選択肢を広げると同時に多様性を認め合える環境づくりにも注力

選べるアイテムとして女子の体型の特徴に合わせて設計したスラックスを開発

mySDG編集部:キャリア教育支援をはじめ、御社はさまざまSDGsへの取り組みをされていらっしゃいます。なかでも「多様性に配慮した制服の研究」は、今まさに求められる取り組みだと感じます。松田さんが在籍されているカンコー学生工学研究所は、子どもたちの成長や嗜好などを調査し、あらたな価値としての制服づくりを提案されていますが、性の多様性に配慮した取り組みはいつ頃から始められたのでしょうか?

カンコー学生工学研究所は4つの視点に基づく活動を実施している

松田さん:性の多様性への取り組みに関しては、採寸会場などで生徒や保護者の方からお話をお伺いし、以前から個別に対応していました。特に、2015年に文部科学省から「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」が全国の学校へ通知されたことにより、さらに力を入れて取り組むようになりました。また、制服の製造を始めた当初から障がいのある方のためのオーダーメイドの制服づくりや、成長に応じたデザインなど、ひとりひとりにあった制服づくりを行っています。そういった活動をさらに深めるために、カンコー学生工学研究所を2006年に設立し、「カラダ・ココロ・時代・学び」の4つの視点で子どもたちを見つめる、調査・研究・開発に取り組んでいます。

mySDG編集部:実際に教育現場ではどのような声があがっているのでしょうか?

松田さん:中学生の頃は、男女で体の作りが大きく変わってくる時期でもあるので、LGBTQ、特にトランスジェンダーと呼ばれる、自身の性別に違和を感じている子どもたちは、性自認と異なる方向に体が成長してしまうことに嫌悪感を抱きます。そのため、性自認と合わないデザインの制服はできる限り着たくないというご意見をいただいたこともあります。もともと女子用のスラックスを当社も作っていましたが、体のラインに沿うようなデザインが多かったんです。最近は当事者・非当事者関わらず、体のラインをあまり出したくないということで、ストレートタイプのスラックスを採用いただくことが増えています。

mySDG編集部: 多様性に配慮した制服づくりとは、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?

松田さん:まず一番力を入れているのが、LGBTQ当事者の方へのヒアリングです。アンケートにご協力いただくほか、当社のショールームにお招きしたり、GID(性同一性障害)学会でブースを出展したりして、LGBTQ当事者にご意見を伺いながら制服づくりに取り組んできました。そしてLGBTQ当事者の方はもちろん、すべての方にとって着心地のよいことがベースとしてあります。そのバランスを取りながら、どうしたら子どもたちが心身ともに健康かつ快適に制服を着用できるかを考えています。

(性同一性障害)学会でのブース出展

mySDG編集部:LGBTQ当事者による講演会もされていらっしゃいますよね?

松田さん:そうですね。西原さつきさん(※)というトランスジェンダーの当事者の方と一緒に講演会をさせていただいています。そもそも講演会を開催した背景には、環境づくりという観点があります。当社は学生服メーカーなので、制服・体操服を通じた取り組みが一番大切なことではありますが、さまざまな種類のものを用意したところで着用できる環境が整っていないと、結局子どもたちは選べないわけです。つまり多様性を認め合える環境づくりは、ものづくりと同じぐらい大事だと思っているので、講演会などを通じた環境づくりにはすごく力を入れています。

(※)西原 さつき(にしはら・さつき)・・・俳優・講師。男子として生まれるが幼少期から強い性別違和を覚え 16歳からホルモン治療を開始。タイにてSRS(性別適合手術)後、トランスジェンダーの世界大会「Miss International Queen 2015」にてフォトジェニック賞を受賞。NHKドラマ「女子的生活」トランスジェンダー指導。

■「性の多様性」に触れることで「自分らしく生きる術」を学ぶ子どもたち

トランスジェンダー当事者の西原さつきさんによる講演会の様子

mySDG編集部:実際に講演会を開催されて、生徒さんや先生たちからの反応はいかがですか?

松田さん:特に生徒向けの講演はLGBTQに対する理解を深めようという方向ではなく、どちらかというと「自分らしさを大切にしていこう」という方向で講演活動を行なっています。というのも、始めた当初はLGBTQについてそれぞれくわしく解説を入れていたのですが、今の子どもたちはすでに知識を持っている子たちが多かったんです。セクシャルマイノリティという観点よりも「自分らしくいたいけど、なかなか自分らしさを出せない」という悩みを持っている子どもたちが当事者・非当事者問わず、多いような印象を受けました。

西原さんが中高生の頃に「自分らしく生きていく」と決意し、行動に移した経験などを語ってもらうことで、生徒たちにも「自分らしさ」とか「どうしたら自分らしくいられるのか」を知ってもらうきっかけになると感じています。逆に先生向けの講演会では、知識面に焦点を当てています。LGBTQ当事者の子どもたちをサポートしたいけれど、どう動いていいかわからないなどのお悩みが多いので、先生たちが抱える課題にアプローチしていくような講演会の内容を作成しています。

mySDG編集部:子どもたちが「性の多様性」のお話から「自分らしさ」に紐づくというのは、意外でした。

松田さん:そうですね。子どもたちの感想を見ていても、自分のしたいことをなかなか親に言えないという声もあったりします。あとはLGBTQ当事者の子たちからは、講演が終わった後に、西原さんのSNSにダイレクトメッセージで「実は私も当事者ですごく悩んでいました」というコメントがすごくたくさん届いているようです。おそらく先生たちや大人が思っているよりも、当事者の子どもたちはたくさんいて、学校内でも深く悩んでいるのだと思います。実際に当社が行った調査の中でも、「あなたの身近な人に、セクシャルマイノリティの方はいますか?」という質問に対して、「はい」と回答した人を年代別にみると、20代が27.5%と最も高く、中高生や30代も40代、50代に比較すると、「はい」と回答した割合が高い結果となりました。子どもたちにとって、性の多様性が身近な存在になってきているように感じています。

■制服を通じて自分らしさを応援。今後は「感覚過敏」当事者に寄り添う商品開発に取り組む

感覚過敏の方に寄り添うシャツの開発会議の様子 ※写真左から松田さん、感覚過敏研究所の加藤路瑛さん(※)

(※)加藤 路瑛(かとう・じえい)・・・2006年生まれ。株式会社クリスタルロード代表取締役社長。感覚過敏研究所所長。聴覚・嗅覚・味覚・触覚の感覚過敏があり、小学生時代は給食で食べられるものがなく、中学生になると教室の騒がしさに悩まされ中学2年生から不登校。その後、通信制高校へ進学。子どもが挑戦しやすい社会を目指して12歳で親子起業。子どもの起業支援事業を経て13歳で「感覚過敏研究所」を設立。感覚過敏の啓発、対策商品の企画・生産・販売、感覚過敏の研究に力を注ぐ。

mySDG編集部:実際にいろいろと活動されてきた中で、成果として感じられるものがありましたら、ぜひ教えてください。

松田さん:成果というとなかなか難しいのですが、先ほどもお話に出ました制服のアイテム選択性を新しく採用した学校にお伺いして、実際に女子スラックスを着用した生徒さんからお話を聞く機会があったんです。すると、「スカートをはいているときよりもスラックスでいる方が自分らしく感じるし、自分に自信が持てるようになった」という感想をいただけて、非常にうれしかったですね。学生服メーカーの一つの取り組みとして、子どもたちの応援ができていることを実感できたので、成果の一つではないかと思っています。

mySDG編集部:最近はスラックスを着用している女子生徒を見かけることも増えましたし、一人ひとりが心地よいと思える選択ができることは貴重ですよね。これからはますます社会が多様化し、多様な子どもたちが増えていく中で、今後はどのような展開をお考えですか?

松田さん:ここ数年は、性の多様性への配慮というところに力を入れて取り組んで参りました。今後はさらに幅広いお困りごとに対応した取り組みを計画しています。その一つとして、「感覚過敏」という過敏な感覚をお持ちの方、中でも触覚に過敏な方のためのユニフォーム開発があります。触覚過敏の方は、多くの方が触っても手触りに違和感を感じないものに対して、痛みを感じたりチクチクした感触が耐えられず、服を着られないケースもあるそうです。現在、触覚過敏の当事者の方と一緒に商品作りを始めたところですが、当事者の声を学校の先生や保護者の方に届けつつ、もの作りとしても力を入れて取り組んでいきたいと考えています。

mySDG編集部:今回は教育の現場における多様性の取り組みについて、より深く学ぶことができました。今後の新しい取り組みにも注目しております。本日は貴重なお話をありがとうございました。


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