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コンビニバイト ②

腐れ店長のコンビニバイトで、毎日何とか辛抱して働いているが、土曜日の出勤はいつもより気が楽だったりする。
理由は二つ。
一つは、講義がない土曜日は平日と違い、昼から入っていつもより早い時間で上がれるから。もう一つは、この日は佐々木先輩と一緒のシフトだからだ。

佐々木先輩は、わたしの3つ年上の女性でこの店の古株だ。
コンビニ店員とは思えないような派手な髪色やメイクに、最初は苦手な印象を受けたが、実際一緒に働いてみるとガラリと印象が逆転した。仕事はしっかりやるけど、かといって堅苦しくもない。口下手なわたしの話も嫌な顔せず最後まで聞いてくれる。どんなに忙しいときでも、わたしが困っているときには優しく助けてくれて、丁寧に仕事を教えてくれる。
美人で明るく、優しくて仕事が出来て頼りになる大人の女性。
あの店長なんかとは比べるまでもない。

毎度バイトの日には店長にきつく当たられるわたしにとって、佐々木先輩の存在は砂漠の中のオアシスみたいな存在。普段朝から夕方でシフトに入っている佐々木先輩と一緒に働ける土曜日は、わたしにとってこのコンビニバイトで唯一楽しく働ける日だ。
わたしなんか到底無理かもしれないが、もしなれるなら先輩のような大人の女性になりたいと思ってる。
今日は先輩と何を話そうか、そう思って店に入ったわたしの期待に反して、店内にいたのは他のバイトの面々だった。聞くと、佐々木先輩はゴールデンウィークからずっと働き詰めだったため、今週末からまとまった休みを取ることになり、それで急遽シフトが変更されることになったのだそうだ。
本日最初の溜め息。オアシスが一転して地獄になっちゃった

先輩がいないのは残念だが、それでもこの日は少なくとも店長と二人きりではない。いつものように、事あるごとにいびられることはないだろう。案の定、この日店長は表の仕事をわたしや他の店員たちに任せて、自分は事務室に籠っている。事務室で何をしているかは分からないが、近くに来られてもこちらとしてはウザイだけだから、気楽でありがたい。静かに1日を終えられるに越したことはない。
他の人たちも思っていることは同じらしく「今日はうるさくなくて平和で良いね」などと言って暢気に笑い合っていた。

夕方、いつにも増して仏頂面をした店長が事務室から出てくるなり、わたしたちを集めた。
レジのお金が合わないというのだ。
誤差はなんとマイナス4万円。
200円や300円の誤差は日常的に起こることもあるが、4万円ともなると一大事だ。と言うか、合う合わないというレベルの話じゃない。午前中の点検時には誤差がなかったので、問題が起きたとしたら昼以降になる。わたしたちはすぐにレジ点検を行うと同時に、無くなった4万円の行方を探った。
だが、レジやその周辺をいくらひっくり返しても、それらしきお金は見当たらない。
公共料金の受け取り忘れなども考えられたが、今日は誰もそんな高額のやりとりをしていない。
あまり考えたくないのだが、残す可能性は限られていた。
わたしたちは一人ひとり事務室に入れられ、持ち物検査をすることになった。

一人、もう一人と、検査という名の取り調べを終えて戻ってくる。
そして、いよいよわたしの番だ。後ろめたいことなど何もないのだが、こういう形で店長と二人きりになると思うと、溜め息どころでは済まない。憂鬱を通り越して緊張でお腹が痛くなってきた。

タイムカードを切って事務室に入ると、店長は不機嫌さを丸出しにして座っていた。
ハナからこっちを犯人扱いしている目つきだ。もうこの空気だけで息が詰まってくる。
手始めに制服とジーンズのポケットを裏返す。仕事中に出たゴミを入れていたりはしたが、それ以外は何もない。
鞄の中身も一つ一つ出して見せる。当然、鞄の中から4万円などという大金が出てくるはずがないし、わたしの財布の中身などごく少額だ。そして、店長は私服のポケットも調べろと命令してきた。わたしはもうバカバカしくなってきていたものの、店長の威圧的な態度にはとても逆らえない。
こんなとき、佐々木先輩だったらどうするのだろうか。
ふと、そんなことが頭をよぎったが、店長が催促するような目を向けてくる。
もう何でもいい、とにかく1秒でも早くこの状況から逃れたい。パーカーをハンガーから外し、ポケットに手を突っ込む。

指先に何かが触れた。
心臓がドクンッと一際高鳴る。
鉛の塊が腹の中に落ちてきたような、冷たさが体を貫いた。
わたしの指が触れたその「何か」が何なのかは、すぐに分かった。
だが、それはそこに「あるはずのないもの」で、「あってはいけないもの」なのだ。
……嘘だ、ありえない、なんで?
茫然とするわたしの耳に店長の声が響く。
「どうしたんだ?早く見せろ」
まるで催眠術にかけられたように、言われるままにポケットから手を出す。
わたしの手には、雑に折られた4枚の一万円札を握られていた。

店長の顔がみるみる赤くなり、まくし立てるように何かを言っている。
だが、何も聞こえない、と言うか、頭の中が真っ白で、店長の言葉が理解できない。。
目の前の出来事が遥か遠くで起きていることのように、すべてがわたしの意識の外にあった。なぜ、どうして、という言葉ばかりが頭をぐるぐる駆け巡って……

すると、店長は他の店員に、バックヤードを空けることを伝え、
「上でちゃんと話しようか」
そう言って、私の手首をつかみ、引っ張るように二階へとわたしを連れ出した。

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