![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/102592036/rectangle_large_type_2_d1789bde09bd4c610a10e8737d93bd2b.jpeg?width=1200)
欲望を満たすこと。それが前提の世界の中で。【書籍紹介】グレイスレス(著:鈴木涼美)
別に自由に生きなくていい。
なにをしても自由。どう生きても自由。何も言われない。
それが正しいとされる時代に生きている。
なにをしても、どう生きても、それは自分の決断の結果とされる。
なぜかそう理解される時代に生きている。
いい意味でも悪い意味でも人間の欲望を満たすことで動く社会の中にいる。その中で自分が何者であるかをわざわざ決める必要はないのかもしれない。
その方が、その世界ではグレーでいる方が心地よいのかもしれない。
今回は、鈴木涼美さんの「グレイスレス」を紹介します。(久しぶりの純文学の紹介記事になります。)
29歳の主人公を中心に、その母、祖母とAV女優との関係性から、この現代での心地よさはどこにあるのか?
そうことを考えさせてくれるきっかけとなる一冊です。
誰かの欲望を満たすこと。それが前提だ。
「あなたもたまにはデートくらいしてくればいいのに」
都内から車で1時間はかかる森に囲まれた西洋建築の家の中で、祖母がそう言う。
フランスの小説をモデルに建築家が建てたこの家は、アダルトビデオ業界で化粧師(メイクアップアーティスト)として働く主人公の実家だ。
彼女はここで祖母と暮らし、遠く離れたスコットランドにいる母からもらうのは一人の自立した大人として、一人の女性として生きるようにとも受け取れる言葉だ。
「ポルノ女優になんかならない理由を百も言えるけど、なるべきではないなんて規範を語るつもりはないわ。」
「人はそう賢い生き物だとは私は思わない。同じ場所にいるとその狭い世界が唯一だと思えてしまうものです。」
デートから帰ると必ず男という生物全般についての独断的な文句を言う母、その日に会った男のことを必ず褒める祖母、対象的な同性の肉親から一方的とも取れる愛情を受ける。
主人公はその実家と仕事場であるAV撮影現場を行ったり来たりの生活に心地よさを感じている。その2つの世界の狭間に、母や祖母そしてポルノ女優たちの間にいることに。
どちらにも染まることなく。ただそこから彼女たちを眺めているかのように。
化粧師としての主人公は、メイクを施すことで若い女優たちを輝かせる。
その輝きは一時間も経たないうちに崩れ落ちる。それが前提である。
彼女たちの顔が崩れるほど男は喜び、ビデオは売れ、彼女たち女優も売れていく。
どちらにも染まることなく。もっとも近いところで彼女たちのその様子を見ている。
神の祝福を受けるという意味のグレイスな世界と、そのグレイスを受けることができなかった世界の中で、主人公はその間でどちらにも染まらないことに心地よさを感じているかのようだ。
自立したひとりの女性として生きる母と祖母の生活を、その後ろで成り立たせているもの。ポルノ女優たちがポルノ女優であることを成り立たせているもの。そこにはどれほどの違いがあるのだろうか?
白は黒になり、黒は白になる。
時と場合に応じてそれはいつでもどちらにでもなることができる。
だからこそ、そのどちらにも染まらないでその間にいる方が心地よいのかもしれない。
でも主人公のそれはいつまでも続かなかったかもしれない。
その心地よさに”名前”がついてしまった時、主人公は心地よさから自ら出いていく決断をすることになる。
この小説をさらに楽しくしてくれる3つの視点
この小説「グレイスレス」を読んで感じた、この小説の特徴とさらに楽しくしてくれる視点は次の3つ。
①「母、祖母との関係」と「ポルノ女優たちとの関係」
なぜそこに心地よさを感じるのか?
この小説の中心にあると感じたのは"2重の関係性"。
ひとつは”母、祖母と主人公”の関係性。もうひとつは”ポルノ女優と主人公”の関係性。この2つの関係性は直接はなにも関係がないが、主人公のある感情によってここに心地よさが生まれているような気がする。
②男がいない、男の存在感がない
心地よさの前提となるものは何?
この小説のもう一つの特徴は男の存在感がまったくないこと。
男の欲望を満たすことで成り立つAV業界、父や監督、男優といったただの役割であること。男はこの世界を構成するパーツのようなもので、生々しい生物としての男はほとんど出てこない。
それによってもう一方の生々しさがより際立って見えているように思える。
③固有の名前が付くことの意味
名前を知らないことの意味は?
この小説の登場人物には具体的な名前がついていないこと。
母、祖母、監督。
日焼け肌の女優、作り物の乳を持つ女優、北国出身の新人女優。
そして主人公の”わたし”。
具体的な名前はなく、その人の役割や特徴で呼ぶ。
自由すぎる世界でもその中でラクに生きるコツを考えさせるきっかけになる
1冊です。オススメです。
*プロフィール記事
*関連マガジン
この記事が参加している募集
AIを使えばクリエイターになれる。 AIを使って、クリエイティブができる、小説が書ける時代の文芸誌をつくっていきたい。noteで小説を書いたり、読んだりしながら、つくり手によるつくり手のための文芸誌「ヴォト(VUOTO)」の創刊を目指しています。