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自由度が高いときこそ習慣で自分を固定してメンタルを安定させる

高校や大学,資格などの受験期って大変ではありますが,多くの人が(きっと)メンタルはそれほど悪くならない気がしていて,理由は目に見えるコツコツとした毎日の積み上げがあり,それが精神的な安寧と自信に繋がるからだと思っています.進むべき道が,「チャート式」(航海図)に示されている安心感は大きいです.

対照的に,大きすぎる「自由」が与えられ,その「自由」をもてあまして退廃すると,人は無力感や自責感から心を病むような気がしています.院生の話でいえば,(これは私的な憶測で間違っている可能性がありますが)案外にもホワイト研究室の方が,メンタルを病む人が多いように思います.

人間関係が劣悪だから心を病むというより,なぜか周りには良い人しかいなくて人間関係も良好で,むしろ,だからこそ?自責の割合が増えることで疲弊してしまうパターンが存在するような….必ずしも「人格的にいい人」に囲まれていることが良いメンタルの全てではないような気がしています.


だから,学生のような(時間的には)自由な立場にあるとき,自分でカリキュラムのようなものを立て,それになるべく毎日従うのがメンタル維持の一つの方法だと思っています.受験期は科目ごとに参考書を決めて,毎日30分〜1時間ずつ参考書をローテーションして満遍なく拾っていくスタイルを私は好んでいたのですが,当時は「何もやらない」=「ゼロ」をなくせば合格点,という心構えを持っていました.

このスタイルを参考書に限らず一般化すると,反復訓練によって「それなりに誰でも」「ほぼ確実に」技能が向上するような,再現性の高い領域にリソースの一部を投下する,という感じでしょうか.

例えば研究では,テーマに設定した大きな問いに対して,「どう実験し,どう解析するか」の自由度が高すぎるため,そこに「習慣的」な要素を噛ませていく.バイオ系であれば細胞をコンスタントに培養するとか,論文を毎日1本読むとか,コードを3行書くとか,そうした小さな積み上げが心の足場や保険となり,一種のセラピーとして機能する気がしています.

また,これは以前エンジニアのインターンをしていたときに感じたことなのですが,明確にIssueとして実装すべき課題があり,自分の書いたコードがコンスタントに形になってプロダクトに組み込まれていく様子は,フィードバックとして極めて健康的な感じがありました.

メンタルが弱ったときは「やる気のない自分」を自責するのを辞め,いったん10分でもいいから積み上げられるものを考え,意思決定をなくしてそれにひたすら従うことで救われてきたように思います.ピアノを一曲弾くとか,10分本を読むとか,その程度のことです.そしてカレンダーのチェックリストにチェックをつけていきます.


もし,何か新しいことを始めるのが億劫な際は,私は「とにかく形から入る」ことを意識しています.「始める」という形をとりあえず取っておいて,頭を騙すような気持ちでいます.ツールとしてはNotionが好きなので,プロジェクト用のページを作って,始めるにあたって素材となる情報をとりあえずペタペタ貼っていきます.音楽だったら必要な楽器のリンクとか,ジムだったら年会費とか,ダンスを習うのであればダンス動画とか.

これは頭のメモリに浮遊してる情報を,「形として積み上げが蓄積していく媒体」に移していく作業です.次から作業を始める時は,とりあえずそこのページに行けば良いだけなので,心理的な障壁が低いです.プロジェクトのページにたどり着けば,一目散に入ってくるページの情報をトリガーとして,心のモードが瞬時にそこにセットされます.まずはツールを補助輪として頼りながら習慣を固定化し,じきに補助輪なしでも漕げるようになっていくことを目指せばいいのだと思います.

「やる気に頼らない仕組みづくり」がとても重要だとはわかるのですが,実際にやろうとするとなかなか難しいですよね.やる気っぽいものがあるように見える人も,実際によく観察してみると,やる気を継続的に「輸入」できる良い環境の中にいたり,そういう「場」を自分から意識的に作り出していると思っていて,「意志の強さ」みたいなブラックボックスに還元しないのが重要だと思います.場所(空間やデザイン)や人,ツールが自分にどんな影響をもたらしているか敏感になりながら,安定した生活の基盤をどう作っていけるか今後も考えていきたいと思っています.


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