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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(29)

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〈29〉この空の下で二人ゆらりゆらりまた風に吹かれ、身を寄せ合っていく

「もしもしすみません。教室だったもので」

「いいよいいよ。急ぎだったから、こっちもわかってて電話したし。悪かったね」

電話の相手はミュジークのマネージャー部門の佐竹さんだった。
面談時の帰りに名刺をもらっていたので、電話番号を登録しておいてよかった。

「で、どうしたんですか?」

「いや、僕も知らなかったんだけど、今度、咲洲さんが通う学校で撮影があるみたいでさ。ドラマの。それで、うちのタレントいるからって話したら、エキストラでもいいから出てもらえないかって話になって……名前出したら是非にと言われちゃって」

「え……」

「豊崎さんが出るからさ……ね?」

「うーん……」

結局、エキストラくらいならと私は受けてしまった。嫌なら現場で断ってもいいとのことだが……。

「ねえ、健斗君知ってた?」

私は教室に戻り、健斗に訊ねた。

「うっすら聞いてた。僕は怪我してるから出なくていいって話になってるんだけどね」

「なに? なんの話なん?」

「うちでドラマの撮影やるみたい」

「え、すごいやん」

「陽菜、出るの?」

一応、美夜子には話しておこうと思い、その場でエキストラの件を伝えると、少し不安そうな表情をした。

「まさか、これを足掛かりに戻るとか……」

「ないない。完全に復活するのは今じゃない」

「完全に? じゃあ少しでも戻る可能性があるの?」

「単発物だったら考えるくらいだよ。レギュラーでずっと撮影とかは、学校に影響出るから」

私は美夜子の頭を撫でた。
安心させるため、その思いで優しく撫でた。

「美夜子ちゃん、陽菜ちゃんは別にそんなつもり、ないと思うけどなぁ」

「そうだよ。陽菜も、そういうつもりないって言ってるじゃん」

紗季と沙友理が言うと、美夜子は私を見て口を開いた。

「わかってる。それに、陽菜、約束したもんね。帰ってくるって」

「うん。裏切ったら殺してくれて構わないから」

私は真っ直ぐ美夜子を見た。
美夜子も真っ直ぐ私を見た。

「え、教室でキスは……」

紗季の一言で、その緊張は解けて笑ってしまった。
紗季にデコピンを食らわせる沙友理と、それを見て笑う私と美夜子。
そして予鈴がなり、上坂先生が教室に入ってきて席替えの結果の確認と、出席を取り、ショートホームルームは終わった。
午前の授業を終えて昼休み、席が近くなったので教室でそのままお弁当タイムとなる。
が、私はお弁当を忘れていた事を思い出し、ダッシュで食堂へ行く。

「あら、陽菜ちゃん」

「福川……先生」

福川先生が大量の惣菜パンを抱えて食堂から出てきた。

「もしかして、それ全部食べるんですか?」

「いやいや、何個かは配ろうかなって……あ、陽菜ちゃんもいる?」

私は数個パンを受け取った。
福川先生はそのまま職員室へ戻ってしまい、結局私はタダでパンを手に入れてしまった。
自動販売機で缶コーヒーを買い、私は教室に戻った。

「相変わらず渋いチョイスやね」

「陽菜はこれが好きなの」

「なんで美夜子が自慢げに言うのよ」

「まあまあ、さゆちゃん、それも愛やで。そんな野暮なこと言うたらあかんよ」

席に座ると美夜子がだし巻き卵を差し出したので、すぐに食いついた。
間接キスを意識していなかったので、周りが不意を突かれて大げさなリアクションをした。

「そんな大騒ぎすること?」

「いやいや、2人注目度意識してないでしょ? こんなもんだよ」

「私達、見世物じゃないんだけど……」

「私は見られるの慣れてるから……」

美夜子と私は見つめ合ってからそう言った。
沙友理と紗季のため息が聞こえたが、聞こえないふりをした。
私はパンを頬張り、美夜子は普通にお弁当を食べ進める。
その様子を見て、沙友理と紗季も食事を進める。
早々に食べ終えた私は窓の外を見ていた。
丁度、校門のほうが見えるが、その前に一台のミニバンが停まった。
何気なく見ていたらそこから出てきたのが優衣だったので、私は思わず立ち上がった。

「どうしたの?」

「いや……」

窓の外をもう一度見ると、優衣が楽しそうに校舎に向かって歩いていた。
辺りを見渡し、珍しいものでも見るようにしてだ。
私は少し悩んで、そのまま教室を出た。
一階に降りて昇降口を確認すると、優衣とマネージャーの藤崎さんが丁度スリッパに履き替えているところだった。

「あ、陽菜ちゃん、会えたー」

「お久しぶり……ってほどでもないですね。この度は、我が社に所属ということで」

「え、そうなの? じゃあ陽菜ちゃんも今度の撮影に?」

「あーそれは、佐竹さんにも話したんですけど、あんまり乗り気じゃないんですけど」

私は優衣に両手を掴まれながら言う。
優衣は嬉しそうに私を引っ張ると、校内を案内してくれと言う。

「いいでしょ?」

「いいけど……」

私は騒がれないかが心配だった。
豊崎優衣と、咲洲陽菜の二人で歩き回ると、自意識過剰かもしれないが、大騒ぎになりそうだ。

「……ねえ、ずっと怖い顔でこっち見てる子、ファンの子?」

「あ、あの子は立山美夜子。私の……」

「ファンの子? やたら熱心なのね」

「あー」

美夜子は大股でこちらに近付くと、優衣と私を引き剥がした。

「なんなのこの子」

「えっと……私、この子と付き合ってるんだ」

「え、女の子と?」

「悪い?」

美夜子は自分の胸くらいまでの背の優衣を見下しながら言う。
怖気づくこともなく、優衣は美夜子を睨みつける。

「陽菜ちゃんは私のお姉ちゃんなの。絶対、あげたりしない」

「それはこっちの台詞。陽菜は私の恋人よ。あんたなんかに譲ったりしない」

「こ、恋……人?」

その言葉に慄く優衣。
美夜子は笑みを浮かべると、私の腕を引く。

「あ、ちょっと……ごめんね優衣。そういうことだから」

私は美夜子に腕を引かれたまま図書室へ連れて行かれた。

「ちょっと、美夜子!」

そのまま図書室の一番奥へ辿り着いた。
すると、美夜子は私を棚に押し付けた。

「え……」

油断した好きに唇を重ねられる。
その貪欲で、情熱的なキスは、そのままじゃあ唇がやけどするんじゃないかってくらいのキスだった。
一度、唇が離れるが、コンマ1秒もしないうちに私はまた美夜子の唇を求めた。
舌が絡み、お互いの唾液が混じり合う。

「ぷはぁ……」

「はぁはぁ……」

美夜子はまるで吸血鬼の様に私の首筋に顔をやる。

「ちょっと、美夜子……」

「ジッとしてて」

「駄目だって、ここ図書室なんだから」

「静かにしてれば大丈夫だから」

「あ、いた!」

私達は声のした方へ視線をやると、優衣が怒った様子でこちらに歩いてきた。

「いくら恋人同士だからって、こんなところでそんなことするなんて、端ないわよ。ね、陽菜ちゃん」

「寧ろ、恋人同士だからこそよ。時も場所も選ばずに愛を確かめ合いたいのよ。お子様にはわからないでしょうね」

美夜子が嫌味たっぷりに言うと、優衣は更に怒ってしまい、美夜子に掴み掛かった。

「わ、私だって陽菜ちゃんとしたことあるんだから!」

「残念、全部それ私で書き換えてる」

「ぐぬぬ……」

「でも……」

美夜子は優衣にキスをした。
私は目の前の光景が時間停止したように、まるでコマ送りのように見えていた。

「え……?」

私は優衣より驚いていた。

「これで、陽菜のは上書きしてあげたわ」

「な、何するのよ……」

少し頬を紅色に染めて優衣は言う。

「美夜子……あなた、何したかわかってる?」

私は、チクチクする胸の内側のこの感情を抑え込もうと必死だった。
結界寸前の河川のように、緊急放水をしなければいけないダムのような、そんな危機が迫っている状況。
どんどん降り注ぐ、ドロドロの感情が溜まっていく。

「陽菜?」

俯いて黙っている私を美夜子が下から顔を覗き込む。
美夜子はきっと悪気があってやった訳ではないのは、頭ではわかっている。
けど、心はそうじゃなかった。
私は黙ってその場を去った。
これまでの人生で一番早く走って逃げた。
後ろから美夜子が、優衣が来ていたことはわかっていたけど、私はとりあえず屋上庭園を目指した。
階段を駆け上がる私と、それを追う2人。
更にその後を藤崎さんと福川先生が事態を聞きつけて追ってきていた。

「あっ」

私は足を引っ掛けてしまい、転けてしまった。

「陽菜!」

転んだ私を美夜子が引っ張って立ち上がらせてくれた。

「大丈夫?」

「うん」

「……なんというか」

美夜子はバツが悪そうにしていた。

「あの子にキスしたの、怒ってるんだよね?」

「うん」

「違うの。ああしてあの子から陽菜を消したくて」

「わかってる。わかってるけど……私の知らないところでしてほしかった」

「ごめん」

私は扉を開けて屋上へ出る。
春の陽気が少し汗を湧き立たせる。
人工芝に座ると、追ってきた3人も屋上へ出てきた。

「陽菜ちゃん?」

「優衣……ごめんね。情けないでしょ? こんなんですぐに拗ねちゃうのが私なの」

優衣に目も合わせず、私は体育座りの膝に額をくっつけて言った。

「私が悪いのよ。感情的に突っ走っちゃったから」

美夜子は私の肩を抱いて、耳元でそう囁いた。

「……許さないって言ったら?」

「困る」

「じゃあ、許さない」

私達の様子を見て、福川先生は職員室へ戻った。
屋上は誰もおらず、私と美夜子、そして優衣と藤崎さんの4人だけになった。


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