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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(28)

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〈28〉僕らの世界はいつも完全なんかじゃなく、変化をもとめればきっと風穴くらいあくだろう

お風呂上がり、久しぶりに母に髪を乾かしてもらう。
母も久しぶりに私の髪を触ると、少しノスタルジックな気持ちになったようだ。
毛先まで丁寧にタオルドライし、根本から丁寧にドライヤーで乾かす。
同様に私も母の髪をやると、母こそ、人からされるのに慣れていないからか、少し居心地が悪そうだった。

「正直、これは慣れてるせいでもある」

「流石は女優さんね」

まるで気心しれた友人と話すように、私は母との会話を楽しんだ。

「ねえ一緒に寝てもいい?」

「陽菜、さっきまで寝てたんじゃないの?」

「そうなんだけど……」

「……まあいいわ」

私は枕を持って母の寝室へ向かう。
元々、父と2人で寝るようのクイーンサイズのベッドの半分を私が占有する。
その様子を母は笑いながら見ていた。

「いいなぁ、広いベッド」

「1人で寝てたら寂しいものよ」

切なさを秘めた目で私を見ると、母は私の肩に手をやった。

「もっと早く、こうすればよかったわね」

「私、寝相悪いから」

「美夜子ちゃんは文句言ってなかったけど」

「そりゃ、美夜子を抱き枕にしてたから」

「じゃあ私も抱き枕にされちゃうのか」

母はわざとらしく照れてみせた。
お茶目な母を見るのが新鮮すぎて、私は面を食らった。

「……変わったね。いや、元に戻ったって言えばいいのかな?」

「そうね。今までは演じていたのかもしれないわね。肩肘張って、できた母親であろうって」

「私と同じじゃん。私も、咲洲ひなを演じていた。それで、自分を見失ったりして、美夜子に言われたの。それも私だって」

「本来なら、そういう事は私がアドバイスするべきだったんでしょうね」

「美夜子って色んな意味で成熟してるから、羨ましいよ。私も、ああなりたい」

美夜子を思い浮かべるだけで私はニヤついてしまったのか、母に笑われてしまった。
揶揄うように笑う母を、指で突く。

「もう……いいから早く寝ましょう」

「私、まだ眠くないよ」

「だから言ったじゃない……私は先に寝るから。もう眠いし」

母が先に眠ってしまったので、私は寂しく1人天井を見つめていた。
私は目を閉じて、ここ最近の自分を刮目した。
切なさを感じたり、喜びを感じたり、色んな私がいる。
それら全てが、結局私なんだ。
素直になる。それは何に対してもだ。衝動に正直に生きること、それがどんな未来をもたらそうとも、私はそれを受け入れる。
そうすることで、身動きが取れなくなることを避ける。

「寝れない……」

結局、眠気は来ずに私は目を開いて母を見た。
まるで、安心した赤子のようにすやすや寝息を立てている。
昔から、私は母と寝ることはなかった。
母は父が好きだったからだ。
私は母によく似ている。
すぐに不安になるのだ。
愛を受けていないと、ダメになる。
私が美夜子を求めるように、母は今、私を求めている。
新しいパートナーでもできれば話は別だろうが、ここから新しい恋愛をする体力があるかどうか、本人にその意思があるかどうか。

「こんなに可愛いんだから、誰かいてもいい気がするけど」

私は目を閉じて、意識をグッと沈み込ませる。
これは、子役時代からやってる、どうしても早く寝なきゃいけない時にしていた睡眠法だ。
根拠はないけど、こうすると無理矢理にでも眠れる。
だけど、今日は上手くいかない。
勿論、常に成功するわけではない。
結局、私はベッドを抜け出し、キッチンで温かいお茶を淹れてベランダでそれを飲みながら、夜の街を眺めていた。
見上げれば瞬く星があれば洒落たもんだが、そんなものはなく、一等星くらいしか光っていない。

「あ……」

スマホの着信が鳴る。
美夜子の名前が表示されていて、出ると美夜子は驚いていた。

「もう寝てると思ったから」

「帰ってすぐ寝てたの。だから眠れなくて」

「私も。陽菜達が帰ってから寝てた」

お揃いね、と言うと美夜子は嬉しそうに笑った。
私は、今にも消えそうなか細い星の瞬きを見失わないように凝視していた。

「今何してる?」

「ベランダで空見てる」

「星なんて見えないでしょ」

「んー、チラホラかな」

「でしょ? だったら私を見てよ」

「電話じゃ見えないでしょ」

ベランダの塀にもたれて私は話す。
時折、風が私を撫でるように吹く。

「明日、学校だから早く寝ないと」

「寝れないんだよね。さっきまで寝てたから」

「わかる。でもまだ今からなら5時間は寝れるから。それに、話してたら眠くなるかなって思って」

「私はそういうサービスやってないんだけどな。美夜子にだけ特別にしてあげる」

「わーい」

美夜子はわざとらしく喜んだ。
私は中に戻り、リビングのソファーに座った。

「そういえば明日、席替えするって上坂先生が言ってた」

「緊張するね。隣になれるかな」

「さあどうだろうね」

「陽菜は隣になりたい?」

「そりゃ、近ければ近い方がいいかな」

「私も……」

美夜子の声が少し弱くなっていた。
おそらく、眠たくなってきたんだろうと予想した私は、声のトーンを落とした。

「私は、陽菜と一緒なら、どこでもいいな……」

「私も。美夜子と一緒なら、教卓の前でもいい」

「ほんと? うれしい、な……」

美夜子はそのまま寝息を立ててしまった。

「美夜子?」

「……すぅ」

「完全に寝たか。美夜子、愛してるよ。じゃあね」

私は電話を切るとベッドに戻った。
モゾモゾとしたせいで母は起きてしまった。

「……ん」

「ごめん、起こしちゃった?」

「いいのよ……」

寝ぼけているのか、私を抱えるようにして母はまた眠りに入る。

「あ……」

美夜子にされて慣れたもんだと思っていたが、驚くことに、母の温もりというのは母親にしか出せないものなのだと、私は気づいた。
美夜子のは母の温もりのようなもの、これはまさしく本物の母の温もりだ。

「なんか、安心するなぁ……」

外のまだ肌寒い空気に触れた後の寒暖差で、私は一気に眠くなり、微睡ながら夢の世界に溶けていった。

次に目を開けた時には、母はそこにおらず、キッチンにいた。

「おはよう」

そう言って私を迎えてくれ、私はダイニングテーブルに座った。

「ごめんね、昨日知らないうちにあなたを抱き抱えてたみたい。苦しくなかった?」

「大丈夫だったよ。寧ろ嬉しかったくらい。私ってMなのかな」

「朝からそんな話しないの」

テーブルに朝食が並び私は早速それを食べる。
食べ終えて支度をして、学校へ向かう。

「いってきます」

そう言って出掛けてスマホを見て気づいた。

「美夜子、橋のところで待ってるのか」

私は駆け足でそこに向かう。
もちろん、車には十分注意して向かう。

「陽菜!」

美夜子が手を振って私を迎える。

「なんで走ってるの?」

「早く会いたいから」

そう言って私は美夜子に抱きつく。

「昨日と違って甘えん坊?」

「だって美夜子、先に寝ちゃったし」

「ごめんなさい……」

「寝そうになってた時の声、可愛かった」

私は手を繋いで、美夜子を引くように歩き始めた。
美夜子はそれに合わせるように歩き始めた。

「……今日もする?」

「いいね。寝落ち通話って言うんだけっけか、ああやって電話するのって」

「らしいね。私も初めてやったけど、良いもんだね」

美夜子はまるで味を占めたような顔で笑っていた。
美夜子と歩きながら、私は違うことを考えていた。
そう、席替えのことだ。

「どうしたの?」

「急に不安になってきた。席替え」

「なるようになるしかないよ」

「当たり前のことを言わないでよ。そこは隣になればいいねとか、離れてもいっしょにいるからとか、気の利いたことを言って欲しい」

「陽菜は、私がそんなに気が利く人間だと思ってる?」

「思ってない」

「即答するな!」

美夜子は私の脇腹を肘で小突く。
その瞬間、私は視線を感じて、その視線の出元の方を見た。
満足そうに笑っている紗季と、意地悪そうに笑っている沙友理だった。

「おはよう。朝からご馳走様やわ」

「おはよ、陽菜。美夜子も」

「……なんか白川さんに名前呼びされるの慣れない」

「美夜子も、名前呼びで返せばいいじゃない」

私がそういうと、美夜子は面を食らったように私を見た。

「陽菜が嫉妬するかなって思ってたから……」

「美夜子の基準が陽菜なの面白いね」

「いやいや、これでこそ美夜子ちゃんやわ」

「そんなことで嫉妬するわけないでしょ!」

4人でそのまま学校まで行き、教室に行くと、くじの入った箱が教卓に置かれていた。

「緊張するなぁ。次、どこの席だろ」

「うちだけハミゴやったからなぁ……」

「そっか。今更、列増やしたりの調節はできないもんね」

紗季の嘆きに沙友理はそう答えた。

「37って素数だもんね」

「なんか陽菜頭いいこと言った」

「別にそんなつもりないけど……奇数って素数なこと多いし」

「陽菜ちゃんって勉強を大人な咀嚼でしてるなぁ。うちらは覚えてやっとやで」

「陽菜はいつも理屈臭いから」

美夜子の一言がグサッと私の胸に刺さる。

「気にしてるんだから……理屈っぽく考える癖」

「とりあえずくじ引こう」

早く来た人からくじを引いていく。
黒板横の座席表はすでにリセットされており、クラス全員の名前の書かれたマグネットシートは隅に並んでいた。
私はくじを開いて、そこに書かれている席番号のところへ自分の名前の入ったマグネットシートを貼り付ける。

「あ、うち陽菜ちゃんの隣や」

「あー美夜子残念だったね」

美夜子を見ると少し気持ち悪い笑い方をしていた。

「私、陽菜の後ろ」

「えっ、あ、本当だ……」

前は紗季が座ってたはみ出した窓際の一番後ろの席が、美夜子の新しい席だ。

「ふっふっふー!私は紗季の前だった!」

各々が自分の名前のマグネットシートを貼り付けて行き、前の席から置き勉を取り出して新しい席が空くのを待っている。
とはいえ、私の前の席が沙友理で、紗季の席が美夜子なので2人は既に席に座っていた。

「ずるい」

「ごめんなさい咲洲さん!すぐに退けるから!」

「あ、別に急かしてるわけじゃ……」

「ううん、2人の邪魔したらダメだから」

「私達、腫れ物みたいになってない?」

私は空いた席に座ると、美夜子は嬉しそうにこちらを見た。

「私の視界にずっと陽菜がいると思うと……」

「うちも視界にずっとさゆちゃんがおると思うとドキドキするわ」

「なんで紗季がドキドキするのよ」

沙友理は呆れながらそう言った。

「しかも、横向いたら陽菜ちゃんやし、眼福過ぎて鼻血出そうやわ」

「紗季、右向いてみて」

「へ?」

紗季の右隣りには健斗が座っていた。

「……うち、お金払った方がええんかな」

「別に要らないけど」

紗季はあわあわしながら沙友理の肩を揺する。

「てか、今度の課外活動、このメンバーで回れるってことじゃない?」

「ひと組み6人だったら、美夜子だけ……」

私がそう言おうとすると、美夜子は私のほうを睨んだ。

「おかしいでしょ」

「そうだね……うちだけ7人かな」

「後は……あ、本田ちゃんと宮野君と……由希ちゃんやん!」

「紗季、仲良かったっけ?」

「バイト先一緒やねん」

「あーファミレス? この前いなかったけど」

「あの日は午後から入っててん」

「え、私、紗季がバイトしてるの知らなかったんだけど!しかも、陽菜行ったことあるの?」

沙友理は立ち上がって訊ねて来たので、土曜日の話を軽くした。

「えー私も行きたいけど……」

「さゆちゃんだけこの辺ちゃうからなぁ」

「意地でも行く」

「沙友理、紗季のこと好きだねぇ」

沙友理は少し紅くなって小さくなった。

「だってちょっとしたボケも的確にツッコんでくれるし、丁度いいところでボケてくれるし」

「お笑いの相方みたいに言うなぁ」

私は呆れながらそう言う。
紗季は終始笑顔でその話を聞いていた。

「仲良しで席が固まるの、ええよね。大阪の時、あんまりなかったから、新鮮やわ」

「それは席替えが少なかったとか?」

「ちゃうちゃう、単純にうちのくじ運が最悪やってん。皆んな近くの席やのにうちだけ離れてたりしたんよね」

「じゃあ尚更嬉しいよね。私は、皆んな一緒で幸せだよ」

「陽菜ちゃんそれ、死亡フラグやん」

紗季の言葉に笑いながら、私はスマホの着信に気がついた。

「あ、ちょっとごめん」

私は教室を出て静かになるところまで行き、電話を取った。


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